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山林、傾斜地

近くに山林で50万円程度の土地が売りに出た。問い合わせると「建築不可、傾斜地、しかし固定資産税や私道負担は無し」とのことだった。
番地を頼りに観に行ってみた。
国道をしばらく行き、県道に入る。なんのことはない田舎道だ。
ナビの通りに路地へ入り、徐行しつつ目的地を探す。畑と住宅が入れ繰る町内を何度か巡回し、行き止まりに詰まりつつも、竹林の下り道を降りていく。
すると写真でみた、街路鏡と白い樹が田圃をはさんだ細い道の向こうに見えた。
明るい霧雨の日で全体的にぼやっと空気が湿っている。稲の葉はまだ若く、緑というよりは黄緑に露を珠にぴんと立っていた。
ワイファイはかろうじて入る。タブレットの中の写真と実際の風景を見比べて、ここだ、と路肩に車を停めた。
静かだ。
鳥の鳴き声が時折響く。雑木林のなかに狭い田があり、住宅地は遠くに何件か見えるのみ。目印の白い樹のところへ傘も差さずに歩き寄る。
写真をいろいろな角度から撮る。土地は急な坂で下草が密集し足も踏めない。笹が混ざり、掘り返すにも手がかかりそうだ。
見上げると、その密集をしばらくぬけないと草の密度が薄まらず、土も軟らかそうで、踏んだらどこまでも沈んでしまいそうだ。木々が重なり、向こうに小さく曇り空が切れぎれに細かくのぞく。土地の中は薄暗い。
そこにたたずんでいると向こうから老婦人が歩いてくるのが見えた。こちらを怪訝そうにうかがっているので、声をかけてみる。
こんにちは。ここの土地を買おうと思っているんですが、いつもはどのような様子ですか。
老婦人曰く、ここは地元の人しかまず通らない。とくにゴミが捨てられると言うこともなく、もし捨てられてもいつの間にか片づいている、市の人がやっているようだ、夏になれば虫取りの子供たちがカブトムシを取りにくる、のどかなところですよ、とのこと。
雨の中婦人は遠ざかっていった。そのまま、引き続き考える。庇のように道に被さる樹の枝葉。だれかが手入れしているのだろう。車一台置くほどの平地もない。もし、手に入れたら、いろいろな手入れが必要だろうな。まずは車一台分、坂を崩さなければならない。
また、一人入れる細い通路を造る必要もある。重機をいれれば楽だろうが入れる道筋もそもそも重機を自由にできるすべもない。
台風のあと、樹が倒れたら責任は所有者にかかるだろう。しかし、冬の、葉が落ち、下草が枯れている間に、長靴と作業着で、この傾斜地をがさがさしている自分の姿も思い浮かぶ。
家は建てられない。
が、樹の間にデッキを渡して、六畳ほどの平場を作ったらどうか。そこに寝椅子を置いて、一人用のテントを張って一晩過ごしてみたらどうだろうか。
そんなことを雨がうっすらと髪を覆うように濡らすなか、六月、しばらく立ちすくして考えていた。

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