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塔上生活

夕食を終えて家族でテレビをみていたら世界一危険なホテルと言う映像が写った。クリスタルドームというのか素通しのシェルターのようなものが高い断崖にしつらえてある。カーテンを開くと山々が見える。それを見て子供の頃よく夢想したことを思い出す。

塔状の建物というのはよく見るとたまにある。たとえば、河川にある取水塔とか水門の操作塔のようなたぐいが一番身近だった。川のそばに生まれ育ってきて、当時は河川が一番汚染されていた時代だと思うが、その汚いヘドロの川にも生き物がいた。石をどかせばカニがはっとちりぢりになったし、沈んでいた缶を引き上げてみたらヘラブナの稚魚がいたこともあった。ときおり大きな野鯉がつり上げられることもあったがそれはメートル級の巨大なものだった。

浄水場に社会見学に行き、高い貯水塔のなかに入れてもらった。なかは空洞でここに水が集められるのか、満杯になったこの塔を川から吸い上げられたいろいろな魚が泳ぎ回るところを想像し、空想にひたっていたら、突然の雷雨となった。がらんとした塔内に雷鳴が反響し、強い雨音と子供の騒ぎ声で空想はあっけなく破られたのだが、今となってはあれが貯水塔というのか、その中に水を満たすのかすら疑わしい。しかし、今でもそれは高台の上にある。

河川に生えた塔に暮らしてみたい。それは小さくなければいけない。せいぜい七畳程度。そこに生活の必要すべてがそろう。三方は窓。遠くまで見晴らせなければいけない。シャワーはほしい。キッチンも。そして寝床は窓際にしつらえる。ほかはいすとテーブルが一つ。ロボットの操縦室のような計器やレバーの操作台があればなお気分が盛り上がる。そして、床に小さな穴があき、そこから水が透明な管を伝って上ってくる。それは、家財便サイズのやや大きな水槽に注ぎ、そこにいろいろな魚が吐き出されてくる。そしてややあって排水口から川へと戻る。
塔内ではいつもひくくブーンとモーター音がかすかに聞こえる。水の音はもっとせわしく響いている。ときには連続した雨だれの様な音で、時には時間を破裂させるどぽんと大きな魚が跳ねるような。朝は明るくなって目覚め、夜は暮れて眠っていく。暗い塔内には計器の赤いランプと自身のデジタルガシェットの青や緑のLEDの光が点々と。窓の外にはオレンジ色の橋に等間隔に並ぶ道路灯の光とテールランプの流れていくさまがぼおっと霞んでみえている。遠くの高層建物の光も点々としている。

部屋の中は水の匂いで満たされているが、その匂いを嫌いではない。感覚が冴えてきてそこでの日常は決して退屈でも寂しくもない。79

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