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バスラーメン

バスラーメン


バスでラーメンを食べている。電鉄発行のタウン誌に載っていた沼のほとりのバスラーメンで。営業終了までは一時間程度あった。ここのラーメンはいろいろと玉子を選べる。ふつうのゆで玉子、半熟ゆで玉子、固ゆで煮玉子、半熟煮玉子、温泉玉子、生玉子。それが売りのようだった。しかし、麺の堅さや背脂などは選べない。昔ながらの鶏ガラのとんがったスープに、辛い葱、メンマ、薄いチャーシュー、なるとにほうれん草。そして選んだ玉子は必ず。玉子はそれぞれ底の深いタッパーに分類されている。閉店も近いのにそれらは結構残っていた。あっさりしているが少々塩味がきつい。長いすはバスの物をそのまま使っていた。ビロードの逆目が指に引っかかる撫で心地が懐かしい。窓は上下式となって、少し開いている。水田に背丈の低い稲が波打っている。途中、夕時に渋滞する道を通って、一時間半もかかった。いつか来ようと思っていたが正直、一度くればもう良かった。半熟のゆで玉子で正解だった。煮玉子の塩味を掛けるとさらに味のバランスが崩れそうだった。ひとりですすっているさ中、小学校入るか、入らないかの子供達、姉弟か、細く流した淡い髪の幼女と裾だけをひょろりとのばした短髪の男児が、玉子だけを買いにきた。常連らしく、何も言わずにいくつかの煮玉子を受け取り、帰って行く一部始終を葱をしゃくしゃく噛みながら見るとはなしにぼんやり見ていた。こんな時間に。どういういきさつか。おそらく知ることは今後もあるはずなかろうが、夜、バスに玉子を買いに行った記憶は、あの二人にとって成人したあとどのような思い出となるのだろうか。テレビにはお笑い番組が映っている。挿入された効果音の笑い声が家よりひときわ耳についた。まずくはなかった。高くもやすくもない支払いを済ませて、バスを降りた。敷砂利を数歩鳴らし、自分の車に乗り換えて、しばらく沼のほとりを走った。オレンジ色の夜燈に照らされ、岸辺のさざ波が光っていた。歯の奥に挟まった葱と舌で諍う。今日使いきれなかった玉子の、あのタッパーの中の、いくつも煮汁に沈んだ玉子の、透けて見えた白さと淡い色の髪、葦の群茂に静かにしているだろう淡水の小魚、走らなくなったバス、捨て亀、そしてマーキームーンに遠い橋。

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