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箱乗り

箱乗り


海沿いの運河で、巨大な魚が釣れ始めたという取材に協力し、撮影班と落ち合った。私は、スーパーカブが運転席になっているミニバンにスタッフを乗せ、途中である大物のお笑い芸人と合流し、そのポイントへと行く予定になっていた。しかし、この変な車は運転しづらく、アクセルをめいっぱい手前に回してもちっとも加速しないばかりか、力を入れていないとすぐにエンストしてしまう。普通の車にすればよかったのに何で、といきさつを辿りつつ倉庫の建ち並ぶ路肩にトラックがぽつぽつ停まった界隈を走っている。そこから、立体交差に上がる途中の退避所にお笑い芸人が待っているはずだ。映画監督でもある彼は釣りに興味があったのか、ロケハンなのかよく知らないが、何故私のグループと同行するのか。そもそも、私は情報の提供者たったのか取材者なのか、とても微妙なたち位置にいて、手首が折れるほどアクセルを握っているが、もはやエンジンはアイドリングほども回っていない。併走していた軽自動車から親切な中年女性が箱乗りになって、真っ赤なワイヤーをハーネスからハーネスへと手際よくつないでくれる。そんな簡単なことで、と思えるほどエンジンが見違え、力強く登坂する私たちを箱乗りのまま女性は手を振って見送ってくれた。八割がた登った坂道から目的地が見下ろせそうな所まで来たときには、バカヤロウ、遅いからどうしたのかと思ったじゃねえか、と芸人も白いセダンで併走していた。遙か下方、巨大工場の建屋が区切る運河はすっかり、朝まづめか夕まづめか水面をオレンジの空の焼け色に反射させて眩しいさざ波を立てている。その光景が昔の、壊れたブラウン管のテレビのように画面を行きつ戻りつ繰り返すからか一同だれもが目に涙を浮かべた。

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