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教育 ほか1篇
教育
台風の夜、友人の家に勉強しに行った。大して成績も変わらない、ものすごく仲が良かったわけでもない友人の家は土手を見上げるところにあった。停電で蝋燭の下、勉強など出来ようはずもなく、軋む木造家屋の中でうちのカレーは辛いよと言われつつ今思い返すとそれほどでもない辛さのカレーをごちそうになった。教育の一環として辛くしているとおばさんは話してくれたが今に至るまで意味が分からない。食後、急速に風が衰え、私たちは土手の上に立った。夜に川は水嵩を増して、土手道に三メートルほどのところまで冥く野太くうねっていた。それをふたりでただ眺めていると、酒ってのんだことある? と聞かれた。梅酒は酒ではないと思ってたまに飲んではいたがない、と答えた。僕もないと友人は答え、絶対に酒を飲まないと川をまっすぐ見据えて言った
ビオラ
長いお勤めご苦労様。二十年、いや三十年、ようやく稼ぎ終わったのだ。なにもかもから自由になった。今こそけりを付けにいく。三十年ぶり、そうだ、まさに三十年ぶりに。こちらにもかつて妻子がいて、あちらにも家庭があって、それもすべてとり混ぜてようやくそのときが来た。ひるひなか、留守の家に訪ねていって、ビオラの種を振り蒔いてくる。近所の人に見られても「こんにちは」とほほえんで印象を消せる自信がある。誰からも惜しまれもせず長年の勤めを退いた今こそ。あのひろくすっきりした庭を紫のビオラでさ来年には埋め尽くす。失うものは口座にしかない。自転車で、生身で、けりを付けに行く自分なりのやり方で。
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