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四十九日

伯母の四十九日のために早起きした朝 寂しい
利根川を撮ろうとカメラを探してなくなっている
のに気が付いた 時間がないのでよく探さない
まま気をひかれながら家を後にする頃にはひと月
季節を先取ったような温かさでうっすら顔が汗
ばんでいた 妻と私と 母はそしていつものように
話しかけているのか単なるつぶやきかわからない
ような 車窓から見えるもの 目についたものを
ひとつひとつ あれ こんなところに藪そば とか
ずいぶん高いマンションだね などというのを返答
もせずに無言でいる それでいてたまに返事をす
るとまったく聞いていなかったりするのでなおい
っそう無言が深くなる

運河に差し掛かるころにはところどころに雑木の
茂みがかたまっていて強い風に深い緑の枝葉を
無方向に揺さぶられていた ぽつぽつと白い道着
のような上物を羽織った人たちが道端のごみを
拾ったりしながら本部のほうに歩いていく しばらく
いくと長くて白い和塀が歩道沿いに続き 白い
天守閣がその向こうに見えてくる 周りには広大な
駐車場がひろがり すでに本部に近い辺りはあら
かた車で埋まっている 今日は集会かもしれない
と妻に言い それだと帰りはここ混むな と続けた
この人たちは何だろうねえ と母が言うのを聞き
流すと 宗教 と妻が私の代わりに答えた ああいう
格好で神様を信じるとしあわせになれるのかねえ
と特に揶揄するでも感心するでもない口調で
母は三度ほど同じ内容のことを通り過ぎるまで
につぶやいていた

川を渡るといきなり田園風景となるわけではなく
むしろ川の手前の県をまたがないほうが枯れ田
が広がっていたりするが言えるのはあたりには
緩やかな上り下りはあったとしても突きだした
山状の尖りは遠く筑波山までは見当たらず母や
伯母は平野のただなかで生まれて暮らしてきた
のだということだった ずっとカメラについて思い
返していたのだが町はずれの川に釣りの下見に
行ったときに段差で荷物をそっくり落として その
時にたぶん気が付かずに拾わなかったのだろう
という結論に達した 壊れたかもしれない 拾わ
われて遺失物として届けられたとも考えにくい

二十年ぶりくらいに会った伯母の長男は禿頭に
なっていたもののすぐに面影が見て取れた 駐車
するのに庭木の枝が垂れていてそれを無視して
納屋の手前に誘導してくる 妻が 枝が といって
も大丈夫だよ と誘導し細かく前後してなんとか
車を停めた ほとんど一番乗りといった早くに着い
てしまった 彼の娘が立川から来るとのことだっ
たが 途中高速の降り口で渋滞にはまっている
らしく 同じ方向からくる私たちに混んでいなかった
聞かれ 下で来たから と答えるといきなりこのたび
は とかしこまられてこちらも固くなり そして一瞬
にしてまたくだけこちらも肩の力を抜く

座敷に親族が集まり始め その一部のしらない
人たちとともに納屋のほうに妻と二人で案内され
た 納屋は先生だった彼の妻の退職金で男の
隠れ家めいた古民家カフェのように改造されてい
た 土間に木づくりのテーブルが置かれ 大きな
石油ストーブが据えられ暖かい そこで 私たちを
含めた何人かに母の弟つくり叔父の容態につい
て虚実のわからぬ話を聞かされた 叔父は酒に
酔って暴れて頭部を打ち 水が溜まって入院して
いるのだったが そのあばれ様を見て一緒に飲
んでいたかつての部下から なにやら盛られた
のではないかとまくし立てて その話しぶりにあ
いかわらず面白い人だな と変わらなさに少し
うれしくなった 

梯子に近い傾斜の急な階段があって 二階は
板の間の小屋組みむき出しの部屋になっている
小さな窓が二つ空いていて竹林で目隠しされて
いた どうしているのか聞かれてとっくに辞めて
いる仕事を定年で と口を濁してそのあとは一方
的に彼の娘たちさらに孫たちの自慢をきかされた
彼自身もそうだったがみんな国立の学校に行って
いるのが自慢で娘の出た学校は一番簡単な
商学部の連中が一番威張っているとか 社会学
部はなにをしているものなのかわからず難易度
が高いのに馬鹿にされているといった話をした
赤の他人から言われたのなら鼻白むようなことで
もわずかな血筋としても学力のあるところと自分が
つながっていると感じていやらしくも別に嫌な気も
しなかった 

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