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岩風呂の夜

岩風呂の夜

温泉にしろ沸かし湯にしろ、大浴場というのは入ってしまえば気持ちのいいものだが、服を脱ぎ、体を洗い、とそのプロセスがあまり好きではない。今、平日の午後、スーパー銭湯に入り浸るなどと言うこともまあ、可能ではあるがしない。上記のプロセスが面倒というのと、おそらく、世代的に目立つと思われ、煩わしく感じるからだ。

家族でよく旅行に出かけた。その中でも一番印象に残っている風呂は二月の、ホテル三ヶ月竜宮城の、露天風呂だ。このホテルは舛添氏の関連で一躍有名になった。おそらく、舛添氏が泊まったであろう部屋に泊まった。母を入れ大人五人ではこの部屋しかなかったのだ。

夜、夕食を済ませて、息子と大浴場に行った。回遊式の風呂になっている。当時、景気もあまりいいときではなかったので、泊まり客も少なくすいていた。打たせ湯に肩を打たれたり、寝湯の泡にこそばゆくなったりしばらく堪能した。黄金の風呂という金でできた湯船があり、一応試しに入ってみた。この湯船は一度盗まれている。盗難後か盗難前か忘れた。

風呂の端に外へ出るドアがあり、露天風呂がある。寝湯、たらい湯、岩風呂など複数の湯がある。二月、一年で一番寒い時期、言い忘れたがこのホテルは海に面して、二月なら空気が澄み渡り、富士山が見える。その、澄み渡る冷風がぶんぶん吹き付けてくる戸外は一瞬にして体の柔軟性を奪う。フリーズドライ化し、湯船になかなかたどり着けない。息子はここでギブアップした。溺れるな、といい残し親父だけトライ。

寝湯は外気に負けてぬるくなっている。たらいの湯はまあいい温度で、ここでしばらく暖まってから、本命の、海に面した岩風呂へと移る。寒くて、首だけしか出していられない。しかし、一向にのぼせる気配もない。寒すぎるのだ。

首だけ出して、夜の深い紺色の海と、対岸の工業の赤い点滅を眺めていた。私の他、広い岩風呂に誰もいなかった。そこまでたどり着けず撤退していった。一度たどり着くと今度は、冷えるのが怖くて出られなくなった。ただくらいばかりの東京湾に、よく見るといろいろな構造物や船舶が浮かび上がってきた。一向にのぼせるでもなく、湯から頭だけ出して寒さに勝てるだけの蓄熱を独り湯船で試みた。

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