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Fさんへの手紙

Fさんへの手紙

Fさん、あなたが癌で亡くなってからもう少しで五年になります。今日、昼寝の、夢の中にあなたが出てきました。あなたは私のトラブルを処理するために私の家にきてしきりに電話をかけていました。一番のトラブル先に電話を代われといわれたとき、これは夢だ、と無理矢理目を覚ましました。すみませんでした。あなたは、おそらく、五時間程度の睡眠以外、すべての時間を仕事に費やしていました。土曜も、日曜も、密かに職場にきては仕事をしていました。休日出勤の時、あなたに必ず会いました。夜も遅くまで仕事をしていた。それから、本部近辺を異動しつつ、いきなり死んでしまった。あなたにいろいろなことを教わりました。相談にもたくさんのってもらいました。しかし、あなたのその情熱や、仕事に対する考え方、人の統率の仕方、私には違和を覚えるものが少なくなかった。あなたのために、身を粉にして、なりふり構わず一緒に目標をクリアしていこう、という気にはどうしてもなれなかった。そのうちあなたはまた、上司になるだろうと思っていた。そして、帝国を築き上げるだろうと思っていた。その帝国では、私は謀反の側に回ったかもしれない。というと何か、私がたいそうなものに見えてしまうがせいぜい帝国を追放されて終わり。あなたはその前になくなってしまったが、私はそれから、職場に愛想を尽かしてあっさりと自分から解放の道を選びました。あなたと私のいない事業体がどうなっていくのかもはや全く興味がありません。あなたの仕事の仕方はここへきて急速に時代遅れと糾弾されています。働き方改革だそうです。私はあなたと支所にいた頃から、あなた方を後目に定時後一時間以内に帰っていた。あなたはどう思っていたでしょうか。おそらく、あなたは私を苦々しく思っていたに違いない。あなたから奪ったものもあなたにとってはとても大切なものだったに違いない。あなたに、いつも引け目を感じていた。できれば、私が引け目を忘れるために幸せになってほしかった。しかし、若くして死んでしまった。告別式にも行かなかった。香典も一切辞退だった。しかし、何か、栞のようなものをみんなに配って逝った。たぶん、あなたの死はいろいろな人にいろいろな思いを抱かせた。しかし、それを誰も文章にすることはないだろうと、僭越ながら私があなたへの思いを記しておきます。たぶん、仕事で、そうであったように真っ赤に添削されるであろうこの文章も誰も赤を入れません。やはり、生きていることが勝ちです。価値です。おそらくあなたはまた夢に出てくるでしょう。出てこなくなったとき、私は完全にあなたと違う人生を歩いているはずです。あなたがいなくても事業体は続いています。もちろん、私がいなくても。平日、あなたが絶対に仕事場にいたであろう時間帯に、墓参りに行きたいと思っていましたが、場所をもう誰にも聞けません。あなたの育ったあたりを通りかかるときはせめてあなたを思い出すこととします。安らかにお眠りください。

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