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木の完全に死んだあとの

春は膨らみ風のひとつ 南に吹けばはじける
ように桜が咲きだしてくるような極まりを並木に
感じる 気が付くと街路は夾竹桃か桜でかざら
れ 桜は特に春の短い間だけだから ここぞと
人が浮かれてそういうのも含めて何だか機嫌
が良くなる 内心では身を削られるように減る
資産に無駄遣いした素材の後悔が相まって
ざわざわと落ち着かないけれど

木というのは内部でどのように流れているのだ
ろう 生き物はすべて内部で流れているのでは
ないかと踏んでいて そうなるとたとえば海月
などはどうか と言われてそれは見ないこととし
生き物は中で流れている 木でさえ かたまっ
ているようでゆっくり何かを交流させる それで
花が咲いて散る という事で買ってきた唐木
の切れ端は木の完全に死んだあとの切断され
た一部という事で 人と違うのは流れが緩いの
で簡単には腐らず 水が抜ければ長い間残存
するところなのだろうか 人も柔らかい部分が
朽ちれば硬い骨が長い間残される

唐木は木目が縞に残るものが多くて 特に黒檀
や花梨 鉄刀木などは縞目がうねり 山模様に
尖ったり 濁流を二色で描き でたらめな線を
秘め そこに何かを人が感じて美しいとしたり
見事だと感嘆したり そういう特性を内部に持っ
ているから何かと珍重される 今回 そういえば
買った木の木目はどれもおとなしいものだった
おとなしい木目という事は木の中の流れが平板
だったという事だろうと想像できるが ほんの
一部の端材だから うるさい木目から買われて
の残り物なんだろう 木目はむしろ実用では
うるさいものは嫌われる 人みたいだ

鉄刀木などといかにも硬そうな材が意外と柔ら
かい ヤスリで削ってペン軸にしてみたことがあ
る 見事な縞目が出ていたものの削っていくう
ちに地味になっていき 実用にできそうなところ
まで丸くしたらほぼ縞目が消えてしまった 削
いだり磨いたり闇雲にしていいものではなかっ
た 職業とするならそのような経験が蓄積され
その作業作業にこつや禁忌が積み重なってい
のだろう 素人はそれを知らないから 玄人が
みて全然なっていないことをやる それでも素人
だから自分の満足のために禁じ手もやる 玄人
もそうして作業の幅を少しずつ試行しつつ広げ
て行ったのだろうと思う 

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