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遊亀通り
遊亀通り
甲州街道から甲府に向かう私のルートは結局、遊亀通りを通り抜け、川沿いまで出て、そこから駅へと逆に向かうという行き方に落ち着いた。この、遊亀通り、というのが、日本画の小倉遊亀の事かと思えば、来歴を読んでみたところ特に関係もなさそうで、しばらくゆかりの通りと思っていた私は何か肩すかしを勝手に食らった気分になっていた。
その小倉遊亀については、やはり、浴場での少女たちの入浴の画で、日本画の奥行きのなさと湯に歪められた浴槽のタイルの様子が、やけに明るい画に定着されて、おそらく人が生きて死ぬくらいの時を経ているのだが、その当時の死ぬことなど露ほども感覚していない少女たちが活写され、まったくエロティックな要素なく、それを物足りないというわけでもなく、それはそれで、生に満ちたすばらしい画なのだが、その奥ゆきのなさのため、白昼に出た、死んだ少女たちの楽しげな様子が永遠に定着された幽霊画として見えなくもないといってこじつけか。
日本画でモダンを描いた絵が好きだ。精密に、遠近無く、描かれる様々な現代的事象に何故強く心引かれるのだろう。それは技法と対象のアンバランスから来る奇妙さが、変な物好きの私の天の邪鬼な心様にしっくりとはまり入るからだろうか。
で、肝心の遊亀通りの由来は、遊亀公園から来ているのだった。僅かに山梨に暮らすも、そんな公園知らなかった。行かなかった。
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