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理化学 の文学性

おととしか一昨々年の事 タナゴの釣れる
水路を探し当てて短い釣り竿を出した

桜が水路べりに一本咲いていて午後のやわら
かく黄みがかった日差しに透かされ その温か
さから花弁から役目を果たすように花びらが
次々と外れていく

それらは地表にも水面にも隔てなく散らばり
薄桃色の細かい重なりで沸き立ってくる土や
水の匂いを心なし遮っていた

水面に浮かぶ花びらを花筏というのを恥ずかし
ながら近年知った 花筏という言葉は知ってい
たが 意味まで思わなかった 現代詩では
花鳥風月を蔑視するような傾向があった なか
ったとは言わせない

だから桜などを主題とするのは出来る限りさけ
てきた それでも 書きたければ書けばいいと
毎日書き始めてから思い直した

とにかく書くこと で充足感を得ている 書いて
さらすこと で充足感がやや広がる気がする
本来書くものに禁忌はない 出すかどうかは
別の話で

花筏のあいまに針を沈めてアタリを待っている
間にも花びらは合間を狭めてくる 水面が花で
埋まり 他の隙間を探しては釣りをする

めぼしい水面がすべて薄桃に覆われた時
折り畳み式の網を水面に差し入れた 花びらを
掻きだそうと網を古い水からあげるとかなりの
重さで網の枠がたわんだ

掬いあげてつみかさねると山になって水がな
がれた 秋口には落ち葉をすくって山にした
葉も花も釣りには邪魔なのだ 邪魔として積み
あげてゆく自分の即物性を嫌ってはいない

6月にでもなればすっかり痕跡もなくなる 今日
釣られることのなかったタナゴも濃い婚姻色を
まとう事となる 泥の中の黒い二枚貝に卵を
産み付けるという習性がある 貝の中で孵化
して世代が変わる

水辺から漂う湿ったような土のにおいの成分
をゲオスミンというそうだ 様々なにおいにそ
れぞれ成分の名称があるのかと思うと理化学
の文学性が感じられてくる気がする

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