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”愛”を探すことで悟り・真理に至る

※ワードプレスからの引っ越し記事ですので、時節は合っていないかも知れません。。。

画像引用元:https://eiga.com/movie/98553/

みなさん、こんにちは!

タカミチです。

昨日の記事「『ヴィンランド・サガ』から学ぶ”愛”の本質」で書いた、"愛を探すことの重要性"について、改めて感じたことを書きたいと思います。

『ヴィンランド・サガ』の牧師が愛(神)を探していた理由、、それは人が本当の幸せ、救いを得るために必要不可欠なものだと感じていたからでしょう。

牧師として、求道者として、”悟り”を求めていたのです。

そして、最も多くの人を殺したであろう最強の戦士・トールズが、子供が産まれたことで本当の愛に気づいて剣を捨て、家族との質素で厳しくも愛に包まれた生活を選んだことは、最もわかりやすい”愛”の発見だと感じます。

”愛”のために貴族としての裕福な生活を捨て、死にかけの奴隷を助けるために財産をはたき、子のためなら自らの死もいとわない、、トールズは”愛”によって完全な悟りを得たのです。

お釈迦様ことゴータマ・シッダールタ(ブッダ)もまた、”愛”を見つけたことにより悟りを開きました。

ブッダは苦行の末に衰弱し、死を受け入れ静かに死を待っていたその時に、たまたま通りかかったスジャータに乳粥を提供されました。

自分もその日食べるので精一杯の貧しい村娘のスジャータは、他人のブッダのために慈悲心から乳粥を与えたのです。

スジャータの施しを受けてブッダは一命を取り留め、他人からの深い”愛”を知った瞬間に悟ったのです。

つまり、”愛”とは人間に深い悟りを与えるということです。

”愛”は全ての喜びの源であり、神様のエネルギーの源泉であり、神様そのものでもあります。

無限のエネルギーを生み出す永久機関、、それが”愛”です。

この全宇宙は神様の体内であり、”愛”で満たされているとも言えます。

どこにでも遍満している”愛”に気づき、悟りを深めていく中で、己の中の神が大きくなっていくのでしょう。

自己の中の内在神を大きくするために必要なものが”愛”です。

こうしたことを考えながら、昨日は妻と久しぶりに映画『「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』を観てきました。

ちょっとノロケ話になってしまいますが、僕が初めて”愛”に気づいたのは、間違いなく妻との出会いです。

妻と出会う以前に幾人かの女性と交際してきましたが、ここで言う”愛”を感じたことはありませんでした。

妻とかなり久しぶりのデートの中で、妻という存在を真剣に振り返ってみました。

当たり前にいつも一緒にいる存在、、しかし、今の妻子との幸せな生活を成り立たせてくれているのは妻です。

僕が神様や霊界の存在に気づいたきっかけも、妻子への強烈な”愛”がきっかけです。

これから激化する終末の世で、妻子や両親兄弟、親族を守るために何が必要か?と考え行動を起こした中で様々な体験をし、僕の因果が持つ宿命の歯車が動き出しました。

観えない存在による導きがあり、短期間でこの世の真理の断片を観るに至りました。

その因果を起動させたのは、間違いなく”愛”だったのです。

『鬼滅の刃』も、「”愛”が何か」ということを深く考えさせてくれる作品です。

この作品は、国常立太神様が吾峠呼世晴先生にインスピレーションを与えて描かせた作品だと感じます。

吾峠先生はまさに「吾(われ)、この大峠に呼ぶ、この世の晴る(春)を」という名と、ワニの自画像から、スサノオ系の龍神の転生者ではないかと感じます。

この2021年7月から本格化した”スサノオの大祓”において、「心の鬼に負けるな!」と日本を勇気づけたのです。

僕は20代の頃に、『鬼滅の刃 ヒノカミ血風譚』のゲームを制作した会社に居ましたので、当時の友達が作っていることもあって『鬼滅の刃』には特別な思い入れと因縁を感じています。

炭治郎は空の心を持ち、怒りの刃を鬼に振るう不動明王です。スサノオの化身です。

鬼(悪)を浄化する、国常立太神の意思です。

『鬼滅の刃』には、こうした神々のインスピレーションが流れていることを感じます。

そして、実は『呪術廻戦』にも、、笑

僕は元々ゲームクリエイターですので、こうしたアニメやゲームの視点からも、神様を論じていきたいと思います😆

あなたの心に、常に太陽が在る事を祈りつつ。。

お読みいただき、ありがとうございます😄

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