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【創作怪談】後ろ姿

 Tさんが学生の頃にあった話として教えてくれた話だ。
 当時電車通学をしていたTさんは、学校の最寄り駅までの40分ほどの時間を音楽を聴いて、本を読みながらやり過ごしていた。
 ある日彼女がいつものように車内で読書をしていると、何やら前方に気配を感じたという。
顔を気配の方に向けると、そこには男子生徒が1人こちらに背を向けて立っていた。
ただそれだけの話なのだが、Tさんは何故か彼から異様なものを感じたそうだ。

 後ろ姿しか見えない、ぱっと見には何の変哲もないはずのその男子生徒が、どうにも恐ろしいものであるかのように感じた。
これ以上視線を送って、もしそれに気づかれたらと思い、急いで視線を本に戻し、以降降りる駅に着くまで視線を上げることができなかったという。
 その間ももし顔を上げた瞬間間の前にいたらと悪い想像が止まらなかった。駅に着き、勇気を振り絞って顔を上げた時男子生徒の姿が見えなくなっていなかったことにホッと息を吐いた。

 学校に到着し、友人たちに今朝のことを話すとたいそう笑われ、一目惚れかと茶化されてしまった。
そうではないと力説したものの以降は軽くあしらわれてしまい、確かに知らない男子生徒の後ろ姿に怯えているだけの自分の姿を客観的に思ったときに、これ以上主張してもバカらしく思い大人しく過ごすことにした。
 ただ、その日の帰りの電車でもまたあの男子生徒がいたらと思うと恐ろしく、本に目を落としたまま過ごした。

 その男子生徒に気付いて以降、度々同じ後ろ姿を目撃することになる。
その都度Tさんは異様なものを感じ、降りる駅まで本だけを見つめていた、乗る車両を変えたりもしたが追いかけるようにその男子も彼女の視線の先に現れるので背筋が冷えた。

 しかし、それ以上何かが起こるといったこともなく、恐ろしい気配に顔を上げられないことで通学時間が一層憂鬱になった。
というだけで3年間の学生生活も終わり、進学を機に彼女がその路線を使わなくなると例の男子生徒を目撃することも無くなった。

 というのがTさんの学生時代の体験談だった。
確かに不気味な体験ではあるが、やはり気のせいか見間違いではないのか?と伝えると

 最近同窓会があり、学生時代に仲の良かった友人たちと当時の学校で落ち合うことになっていたため、ウン年ぶりに例の路線に乗ったという。
その際、ふと視線を送った先に当時と変わらぬ後ろ姿を見たそうだ。
「彼のその姿をみて、ああ、やっぱりって思ったの」
相変わらずただならぬ気配こそ感じたものの、それよりも気になっていた後ろ姿が予想通り尋常ならざるものだというのがわかり、腑に落ちる気持ちが勝っていたという。

 その事で一気に余裕ができたTさんは自分が降りる駅まで後ろ姿を眺めていたが、遂に彼が降りることはなく、後ろ姿しか見られなかったという。

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