恐喝こそ我が人生

タイトルバックからして、歪んだファズギターの音で彩られたサイケデリックな音が溢れている。

シャワールームに現れたのは、我らが男の突撃列車・松方弘樹。だが、その松方弘樹の顔にはまだ幼さが残っている。松方さんはシャワーを浴びながら、

「お宅、仕事は何をしているんですか。カツアゲ屋ですよ。ククク。何がサラリーマンだ!やってらんねえぜ!高度経済成長。万々歳だ!」

と言うと、素っ裸のままシャワー室から出てきて、カメラにその白いケツをさらした。

松方さんがケツをさらしている。
しかし、この映画は松竹作品である。しかも監督は深作欣二。深作監督はこの前作としても松竹で、美輪明宏主演にて『黒蜥蜴』を撮っている。
どのような経緯で深作監督が、松竹で作品を撮るようになったのかは知らない。だが前作の江戸川乱歩物から今度は一転して、松方さんを主演に据えてチンピラの生態を描き出した。

脚本は共同脚本で、その一人が神波史男である。神波史男も東映の脚本家で、深作監督と最もタッグを組んだ脚本家であると言える。

松方さんはトヨタ2000 GTみたいなスポーツカーを運転しながら、拠点にしているバーへと向かう。その運転の途中に過去の回想シーンが入ってくる。
その回想シーンに入る時が必ずストップモーションを使っていたり、モノクロからカラーに変わったりと、はやくも深作欣二は秀逸な演出を見せる。

松方さんは安アパートの布団に寝ている。

「なによ!毎日まいにち、うじ虫みたいに寝てばかりいてさ!そりゃわたしだって、最初はあなたが可愛かったのよ!でも、こう毎日働かないで寝てばかりいられちゃかなわないわ!はやく出て行ってよ!」

そうヒステリックにネグリジェ姿で、松方さんに雷を落としたのは、これまた東映でよく見る元祖バンプ女優・三原葉子であった。

「あの頃は俺も這いずり回っていたぜ」

松方さんの心の声が被さる。間髪入れずにモノクロシーンで、松方さんが鼻に手拭いを巻いて汚物にまみれたトイレ、いや、そんな上品なものではない、便所を掃除しているシーンが展開される。

しかし、この鼻に手拭いを巻いてモップを持って便所を掃除している松方さんの姿には笑ってしまった。久しぶりに映画を見て、こう言うエゲツないシーンを見た思いになった。

それで松方さんは何をしているのかと思っていたら、シーンはどんどん進んでいって、松方さんはクラブのウェイターで、サイケサウンドに痺れる客の間を縫ってカクテルなんかを運んでおり、その仕事の一つとして便所掃除をやらされていると言う訳であった。

「あー。かったるいぜ」

またしても松方さんの心の声が被さる。松方さんは同僚に適当に仕事を任せると、自身は地下室にしけこみ、寝っ転がりながらタバコをふかしていた。
そこに外から話し声が聞こえてくる。

「あんな薄めた酒を卸していていいんでしょうか」
「なあに。ここなんぞに来る客なんざ酒の味なんて分からねえよ。その方があんたもこっちも儲かるって寸法じゃねえか」
「は、はい」

そこへドアを開けて松方さんが現れる。

「まあ。これでも取っておけよ」

そう言うと男の一人は松方さんの胸ポケットに札を押し込んだ。

「聞いちまったもんは、黙っているとは限りませんよ」

シーン変わって店の裏にヤクザが現れ、ボコボコにされる松方さん。

「いらんことを言っちまったもんだぜ」

またしても被さる松方さんの心の声。しかし、この心の声はスポーツカーを運転している「現在」の松方さんが、過去を回想して発している心の声なのである。
「現在」から「過去」へと響いてくる声なのである。このように書くと何か複雑な映画のように思えるかも知れないが、内容がエゲツないので、かなり作品世界の中に引っ張られていく。

「お前も話ききゃあ裏に俺たちがいることぐらいわかったろう!」
「ウェイター如きが余計なこと言うからこうなるんだよ!」
「俺は何も・・・」

ヤクザ者に殴る蹴るの仕打ちを受けて、コテンパンにされる松方さん。気づいた時は、体を包帯でぐるぐる巻きにされて、例のバーにて三人の者に囲まれていた。
その三人とは関、お時、零戦と名乗る者で、みな松方さんの旧友であった。

関は室田日出男が演じており、ヤクザ崩れと言う設定。お時は松竹の女優だろうか、佐藤友美と言う人が演じており、新宿のフーテンと言う設定。
そして零戦は城アキラ、いやジョー山中といった方がとおりはいいだろう、この時点でGSバンド、491(フォーナインエース)のメンバーで、のちにフラワートラベリングバンドのボーカルになり、さらには「人間の証明」も歌い、ボブ・マーリー亡き後のウェイラーズと共に、アルバム『レゲエ・バイブレーション』を製作したそのジョー山中なのであるから、当然設定は黒人とのハーフでボクサー崩れと言うことになっている。

その三人が松方さんを心配そうに見つめる。

「相手はヤクザだって言うじゃないか」
「俺は掴んだよ。奴らを揺するネタをよ」
「えっ」
「奴ら店に薄めた酒を出しているのよ。それがあからさまになってみろ。一大事よ」
「それをもとに奴らを揺すろうって言うのかい」
「ああ」
「だが相手がヤクザじゃなあ」
「このまま泣き寝入りしろって言うの」
「10万は固いぜ」
「10万か」
「いっちょやってやろうか!」
「よーし!そうこなくっちゃ!」

戸板みたいのに包帯でぐるぐる巻きにされた松方さんを関、お時、零戦の三人が乗せてヤクザ事務所に乱入してくる。

「おー!おー!おー!誰だいうちの弟をこんなカタワにさせた奴はよーっ!」

関がそう雄叫びをあげる。

「てめえら!ここをどこだと思ってやがるんだ!ただじゃ済まねえぞ!」
「まあ。待てや」

そう言って現れたのは内田良平組長であった。

「こっちはこのあとデカい取引が控えているんだ。てめえらみてえなチンピラと付き合っちゃいられねえよ。10万やるからはやく帰りな」
「じゅ、10万!」

思わず関。組事務所を出る時は、うーうー言っていた松方さんも飛び跳ねていたのであった。しかしこの作品、端役でいい人が出てくる。内田良平もその一人。

もう楽しくなっちゃった松方さんたちは、渚にてバギーカーを疾走させる。さらに波打ち際で戯れる松方さんたち若者4人。

味をしめた松方さんたちは、まさに『恐喝こそ我が人生』の道を歩み出した。

女を連れて邸宅にやってきた関。彼は正装を着こなしている。
邸宅は会員制のクラブのような感じであったが、個室に入ると女の方から誘ってきた。
女の求めに応じてSUCK & FUCKを展開する関。

だがその部屋の壁はマジックミラーになっていて、裏側ではヤクザたちが関と女のSEXの様子をバッチリ撮影している、要するにブルーフィルムを作っていたのであった。

だが、その事は関を初めとして一同は承知のことであった。
松方さんたちはまたしてもブルーフィルムを作っていたヤクザの事務所に乱入した。

「なんだあ!てめえたちは!」
「お前らには用はねえんだよ」

そう言うと松方さんたちは、組長を無理やり車に乗せて拉致してしまった。
そして例のバーに帰ると組長を縛り上げ、地下室に軟禁した。

「お前ら!こんなことをしてただで済むと思うなよ!お前らみたいなチンピラが大それたことしやがって!」

当初は威勢の良かった組長であったが、松方さんたちが地下室から出ていくと大人しくなった。代わりに松方さんたちは、ヒソヒソと話し始めた。

「あいつ。どうする」
「面倒くせえからよ。コンクリートにでも詰めて海に沈めちゃおうや」
「それがいいぜ」
「じゃあ。俺、道具を揃えてくるからよ」

そう言うと松方さんたちは、階段の上からドラム缶を落とし、それを太鼓のように叩いた。しばらくして地下室のドアを開けると、そこには怯えて憔悴仕切った組長の姿があった。

「あーっははは。子分どもにこの姿を見せてやりてえぜ」

松方さんたちはバーの一室を暗くして映写機を回し、関がSEXをしているブルーフィルムを見て爆笑した。初めから松方さんたちは、ヤクザが握っているブルーフィルムのネガを手に入れるつもりだった。

「こいつを焼き増しして売り飛ばそうか」
「いや。ネガを売っちまった方が速いし、足もつかねえ。こいつが世に出回って困るって言う人間はかなりいるはずだ」

こうして松方さんたちはまた金を稼いで行った。

ここまでが回想で、次のシーンで現在に繋がる。

松方さんは運転するスポーツカーを、マンションの地下駐車場に滑り込ませた。そして一室のドアの鍵を開け、そこに入ると壁一面に女の顔写真が印刷されている。
その部屋の机に山積みになっている手紙を松方さんが読み上げると、それはファンレターであった。

「ちぇ。バカバカしいぜ」

その部屋のあるじは女優で、松方さんが部屋の鍵を持っていると言う事は松方さんと女優はねんごろの仲なのであった。
そしてまた始まるモノクロの回想シーン。

映画の撮影をしている女優。カットの声がかかると、撮影所にやってきていたファンたちがサインをねだり始めた。
その中にグラサンをした松方さんがいた。松方さんは女優に手帳を差し出した。そして、そこには女優がSEXに及んでいる写真が挟まれていた。

ところ変わってホテルの一室。ベッドの上に座っているグラサン姿の彼女はすましている。

「乱暴はやめてよ」

そう女優がいうやいなや、

「お高く止まるんじゃねえよ!」

と言い放ち、女優にビンタを食らわす松方さん。やはり男はこうでなくてはと思うが、その模様がストップモーションで映し出される。これがかなりの効果を上げている。

しかし、男と女と言うのは不思議なもので、以後松方さんと女優は、ねんごろの仲になって行ったのであった。

再び時制は現在に戻る。
マンションの一室に自分の顔がデカデカと印刷されている女優が帰ってきた。

「あら。来ていたの」
「ああ」
「最近はどうなのよ」
「儲かって儲かって仕方がねえぜ」
「それはいい事じゃない」
「俺はもっとデカいヤマを狙ってやるのさ」

そして自然な流れとしてSEXに突入する松方さんと女優。
だがこの女優とSEXをしているという最上のひと時を味わっている最中にも、松方さんの脳裏にはあの鼻に手拭いを巻いて、汚物にまみれた便所を掃除していたどん底時代の模様が蘇ってくる。

体を求め合う松方さんと女優。しかし、そこに電話のベルが鳴る。

「放っておけよ」

松方さんと女優がSEXに及んでいる時、計二回電話のベルが鳴ったが、松方さんはいずれも無視した。いや。SEXに及んでいたのだから、それどころではなかったのだろう。

翌朝。
松方さんが身支度を整えて、部屋を出るためにドアを開けると、そこにはお時の姿があった。一瞬、息を呑むように驚く松方さん。奥では女優が怪訝な顔をして見ている。

車中。
お時がハンドルを握り、松方さんは助手席に座っている。

「あそこには来るなと言ったはずだろ」
「零戦のお父さんが、横浜の運河で死体で見つかったのよ」
「えっ」
「きのう電話したのに、なんで出てくれなかったの」
「・・・」

霊安室のような場所に集まった松方グループ。そこには警察も同席している。

「親父さんで間違いないのか」

うなづく零戦。

「親父さんはヤクザと繋がっていたそうだが、何か心当たりはないのか」
「うるせえな!俺だって人並みに親父が死んで悲しいんだよ!放っておいてくれよ!」

ウンコ船が航行している運河。そこに零戦の父親の死体は浮かんでいた。
その運河を見つめる松方グループ。そこには様々なゴミが浮かび、さらにはドブネズミの死体まで浮かんでいる。

このドブネズミの死体が以後も松方さんの脳裏に、現れては消え、現れては消えることになる。

「こんなドブ臭いところに、お前の親父さん浮かんでいたのかよ」
「親父は昔からハマでペイの横流しに絡んでいたのよ。俺はヤバいからやめろ、やめろとあれ程言っていたのに。そしたら案の定こんなことになっちまってよ」
「ハマでペイのバイをしているって言ったら◯◯組だぜ」

と関。

「ちきしょう!ヤクザだろうが何だろうが、親父の仇を打ってやる!」
「待てよ。◯◯組じゃ相手がデカすぎるぜ」
「じゃあ。このまま黙っていろっていうの」
「みんな。冷静になれよ。奴らの弱みを握ればこっちのもんよ」

運河にはドブネズミの死体が浮かんでいた。

気になって深作監督のインタビュー集、『映画監督 深作欣二』(ワイズ出版)の、この作品に関する箇所を読んでみた。
すると深作監督は、この作品のテーマのようなものを「飢え」と言っていた。その飢えとは、この作品に登場する松方さんをはじめとする登場人物たちの、1968年、まさに高度経済成長期真っ只中、昭和元禄時代における何とか這い上がりたい、いい目を見たい、面白おかしく生きてやりたいという「飢え」なのかも知れない。

もしくはそれは、深作欣二というその人の「飢え」なのかも知れない。
68年と言えば『仁義なき戦い』公開の73年には、まだ五年もある。東映東京撮影所のアクション監督としてデビューした深作欣二であったが、ヒット作を作り出す事はできず、半ば東映の窓際のような位置に甘んじているしかなかった。
だからこその松竹へ赴いての映画製作ということであったのかも知れないが、当時深作欣二は試行錯誤を重ねていた。「飢え」ていた。

あるいはその「飢え」というのは、松方弘樹の「飢え」なのかも知れない。
往年の映画スター、近衛十四郎の息子ということで華々しく東映にてデビューを飾った松方さんであったが、ただの二世俳優ということでは、素人に毛が生えているのも同然であった。
松方さんはその前段階として、上原弦人門下にて歌手デビューを試みたことがあったが、後から入ってきたのが五木ひろしであって、こりゃ敵わんと、その道を諦めたこともあった。
さらに松方さんは鳴かず飛ばずの状況に、大映にレンタル移籍させられ絶対無理なのに亡き市川雷蔵の後釜として「眠狂四郎」をやらされるという憂き目にもあった。

まだ顔に幼さが残る25かそこいらの松方さんは渇望していたはずである。飢えていたはずである。男の突撃列車として爆走したいと。
きしくもそれは深作監督が映画界、そして日本社会に爆弾を炸裂させた『仁義なき戦い』への出演という形で現実のものとなった。あとはレールの上を全速力で走るだけだった。

だが68年の松方さんはあがいていたはずである。もがいていたはずである。

このジャッカルのように飢えた感じが、この作品を上質なものにしているし、とても家族揃ってみんなで見ることのできる松竹作品とは思えない「不良性感度」濃厚な映画になっている。

松方グループのみんなは横浜のいかがわしいエリア、ヤバいエリアを手分けして聞いて周り零戦の親父を殺したヤクザたちが覚醒剤の取引を行う情報を掴み、その組員の一人をまたしても拉致して夜の工場に連れ込んだ。

組員を囲む松方グループ。

「お前らみたいなチンピラになめられる俺じゃねえぜ」

その組員の顔面に零戦の強烈な右ストレートが直撃する。以後も零戦は組員をサンドバックのように扱い、その顔面は早くも鮮血で染まっていくのであった。
思わず関にもたれかかろうとする組員。

「おねんねするにはまだはやいんだよ」

組員の体を零戦の方におっぺす関。再び組員の体に零戦の強烈なパンチが何発となくめり込んでいく。

「もう。その辺にしておけ」

零戦を羽交い締めにして止める松方さん。

「いやだ!こんなんじゃ俺の気が済まねえんだ!」
「俺たちゃカツアゲ屋よ。殺しまでは付き合えねえぜ。こいつからヤクの取引の場所を聞き出すんだ」

夜の暗がりの中に潜んでいる松方グループ。全員、その顔に靴墨を塗り夜と同化をしている。

そこへ黒塗りの車が二台現れた。その中から出てきたのはヤクザたちで、これから覚醒剤の取引を行おうとしていた。

「確かにヤクはもらった。今から金を持ってくるから」
「ああ」

そう言って片方のヤクザたちが車に戻った時、松方グループはヤクザたちに火炎瓶を投げつけ始めた。みるみるうちに火の海と化していく現場。
パニックに陥ったヤクを手に入れたヤクザたちは車に乗り込むと、アクセルを吹かして急発進を試みる。

「ちきしょう!奴らヤクだけ持ってずらかろうって魂胆だな!」

そう思った金を渡したヤクザたちは発砲を開始する。なおもどんどんと火炎瓶を投げつけていく松方グループ。火の海の中で二台の車は衝突を繰り返す。弾丸が飛び交う。
ついにヤクを持った方のヤクザの車に火炎瓶が直撃する。万事急須と思ったヤクザたちは車から飛び出してくる。

そこに松方グループがジャッカルのように食らいつく。

「はやくしろーっ!金はどこだーっ!」
「ヤク!ヤク!」

車体はあっという間に炎上していった。そして金もヤクも灰塵と化してしまった。
しかし、このシーンは迫力があり見ていて完全に画面に釘付けになってしまった。見事なアクションシーンだと思った。そして深作欣二が有能なアクション監督なのだということを、再認識させられたのであった。

黒こげになった車体の前にたたずむ松方グループ。

「あーあ。金も取れなかったしヤクも取れなかったな」
「おまけに零戦の親父の仇も取れなかったしな」
「でも俺これでスッキリしたような気になったぜ」
「そうね。これでよかったのよね」

松方さんがある日、ホテルの前を通ると、その出口から出てきた爺さんをライフルで狙っている男が目に入り、とっさにその爺さんをかばった。そして弾丸は車のガラスを割り、爺さんは命拾いした。

「誰だか知らんが、ありがとう」

爺さんはそう言うと、車に乗り込み去って行った。そして事の一部始終を確かめたかのように丹波哲郎を乗せた車も走り出して行った。

「あんた。何か見たんだろ。詳しく話を聞かせてくれないかね」

松方さんが振り向くと、そこにはニヒルすぎる顔をした天知茂がいた。

「なに。わたしは新聞記者でね。この関連の事件を取材しているんですよ」
「いや。俺はただ顔を少し見ただけでね。金歯をしていたよ」
「金歯?」

そう。爺さんを狙撃した殺し屋は確かに金歯をしていた。さらに特殊漫画家・根本敬風に言うなら、その男は「いい顔をしたオヤジ」であった。

「よう」

そこに江原真二郎が現れる。

「なんだ。お前か。久しぶりだな」

松方さんと江原真二郎は旧知の中で、お互いに情報を交換しあったり、持ちつ持たれつの仲であった。

「お前が命を救ったのは遠藤って言う高利貸しだよ」
「それで何であの男が命を狙われているんだよ」
「さっきあとから出て行った車があったろ。あそこに政界の黒幕、水野が乗っているんだよ。その水野に遠藤は狙われているのさ。だがさっきのは警告だけで、本当に命を取ろうって訳じゃない」
「なんだか面白そうじゃねえか。俺にも一枚噛ませろよ」

江原真二郎のアパート。
そこで江原真二郎は、松方さんに事のいきさつを細かく説明するのだが、要約すると大田黒文書という物があり、それを遠藤は手に入れた。
その文書には政界の裏事情が記されており、これが明るみに出ると与党野党を問わずに大変なことになるのだ。そこで政界の黒幕、丹波哲郎が乗り出し、遠藤に脅しをかけ始めたのだ。

「まあ。ざっとこんなもんだ。ところがこっちは大田黒文書に首を突っ込む余りに新聞社を首になった訳だが、俺はそんなもんじゃ諦めんよ」
「それで、あの遠藤って言う高利貸しには、弱みになりそうなところはあるのかよ」
「あいつは煮ても焼いても食えないジジイでね。そう脇の甘い奴ではないよ。奴の高利貸しに手を出して、ナタで家族の頭を割って自殺した男もいる」

そう言うと江原真二郎は、松方さんの前に血塗れの凄惨な現場が写っている写真をホイっと放り出した。

サイケデリックなデザインのポスターが飾られている閉店後のバーで、松方グループは作戦会議を開いた。

「俺はその大田黒文書って言うやつを手に入れたいんだ。そいつを手に入れて、水野を揺すれば何億って言う金を手に入れることができるぜ」
「ちょっとヤマがデカ過ぎるんじゃねえのか。俺たちカツアゲ屋には手に負えんような気がするが」

と関。

「いつまでもチマチマとカツアゲやっていたってラチが開かねえよ。ここらで一発仕掛けてよ」
「俺はその話に乗るぜ。なんか面白そうじゃん」
「わたしも乗り気よ。もともと私たちに失うものなんてなかったんだもの」

松方さんは遠藤の事務所を訪れた。遠藤は椅子にどかっと腰掛けている。

「なんだ。君か。ワシに何か用でもあるのかね」
「あなた。大田黒文書という物を持っているそうじゃないですか」
「どこの誰に聞いたのか知らんが、確かに持っておるがな、それと君とどう関係があるのかね」
「大田黒文書を譲ってもらえませんかね」
「君も唐突なことを言う男だな。仮に譲ったとしても、それは君。猫に小判というものだよ」

遠藤に江原真二郎が見せてくれた写真を差し出す松方さん。

「こんなものを見せられても、ワシは痛くも痒くもないのだがね」
「また。必ずきますよ」

そう言うと松方さんは事務所を後にした。一方、零戦の方は夜、水野の屋敷を張っていた。その零戦の肩を叩く者がいる。零戦が見上げると、そこにはあの金歯の男がニヤリと笑って立っていた。

「零戦のやつ、やけに遅いな」

バーには松方、関、お時の三人が集まっていた。電話のベルが鳴る。その受話器を取り上げる松方さん。

「これ以上、大田黒文書について首を突っ込むのはよすんだな」
「誰だ!お前は!」

身を乗り出す関とお時。

「零戦とか言う坊や。送っておいたぜ。玄関に出て確かめてみるんだな」

慌てて入り口に向かいドアを開ける三人。そこには血塗れになった零戦が横たわっていた。

「零戦!」

慌てて零戦を店内に運び入れる三人。

「零戦!しっかりして!」

零戦は力なく右ストレートを繰り出すとそのまま息絶えた。

次の晩。
バーのカウンターには、零戦の遺影とお骨が置かれていた。

「だから言わんこっちゃなかったんだよ。俺は最初からこの話は無理だって思っていたんだ。相手が悪すぎらあな。臆病者だと笑いたければ、笑ってくれてもいいぜ。だが俺はこの話から下させてもらうぜ」

そう関。

「俺は行けるところまで行ってみせるぜ。零戦にはすまねえことをしちまった。だがこうなったら一か八かだ。お時はどうするんだ」
「わたしもやってみようと思うの」
「関。この店、お前の物にしろや。カツアゲ屋やめたら食っていけねえだろ」
「す、すまねえ」

この関を演じる室田日出男がすこぶるいい。ヤクザ崩れのくせして、いや、ヤクザ崩れだからこそ、グループの中でも一番の慎重派であることが面白い。
以降も室田日出男は深作作品の常連として登場してくるが、この時期深作監督はどこへ行くにも室田日出男を連れていたと言う。室田日出男は深作欣二のボディーガードだったのだろうか。

松方さんとお時は得意な拉致作戦にて、今度は遠藤を無理やり連れてきて、車ごと車庫の中に閉じ込めた。その車の周りにガソリンを撒いていく松方さん。

「何をする。お前らのようなチンピラが大田黒文書を手に入れても扱い方が分からんじゃないか」
「チンピラにはチンピラのやり方って言う物があるのよ。こっちは最初からヤケクソなんだ。あんた殺すのも大田黒文書手に入れるのも同じことよ」

ガスバーナーに火をつけ、遠藤に近づける松方さん。

「分かった!分かった!文書は渡す!その代わり助けてくれ!」

こうして松方さんとお時は、大田黒文書を手に入れることに成功した。

雨がそぼ降る夜だった。
水溜りの中に映る赤い照明。カメラがそこからパンをすると、電話ボックスがある。
その電話ボックスの中には松方さんとお時がいて、これから政界の黒幕、水野に電話をしようとしているところだった。

「もしもし。水野さんですか」

松方さんの声は震えている。

「誰だ」
「わたしは大田黒文書を持っている者ですがね」
「なに」
「こっちは文書を明るみに出せるルートを持っているんだ。それが嫌だったら。明日、日劇の前に新車が展示してあるところがあるだろう。あそこに一億円持ってやってこい」
「ふっ。ふははははは」
「なにがおかしいんだ!」
「分かった。持って行こう」

受話器を下ろした松方さん。その手は自然とお時の手を握っていた。思わずハッとなる二人。そして二人はCAR SEXに及んだ。

「いいか。こいつを奥中(江原真二郎のこと)のところに持っていくんだ。あいつなら新聞社とコネがある。いざって言う時はヤツがぶちまけるって言う寸法よ」
「分かったわ。でも、あなたも気をつけてね」
「ああ」

この松方さんとお時との関係がいい。二人が徐々に惹かれあっていく様が、サイドストーリーのようで作品に深みを加えている。

明くる日。
松方さんは日劇前の日産スカイラインが展示してある広場に向かった。一方、奥中とお時は大田黒文書を持って新聞社に向かったのだが、社内から戻ってきた奥中は、ため息をつきながらドライビングシートにもたれかかった。

「どうしたの」
「遠藤が公文書偽造容疑で捕まったんだよ」
「えっ」
「つまりこの文書はでっち上げられた偽物って言うことになって、なんの値打ちも亡くなっちまったんだよ」

そう言って大田黒文書を破り捨てようとする奥中。

「待ってよ!あの人はそんなことなにも知らないで、取引に行ったのよ!」

日産スカイラインの前で、取引相手を待っている松方さん。ふと売店に目をやると、新聞の見出しに「遠藤容疑者逮捕」の文字が踊っている。その新聞を手に取り、よく読んでみる松方さん。

「ちきしょう。奴らうまいことやりやがったなあ」

自身がはめられたことを悟った松方さんは、その場からズラかろうとする。
横断歩道を渡っていた時、反対側からどこかで見覚えのある顔、川津祐介が近づいてきて、すれ違いざまに松方さんの腹をナイフで刺し、そのまま去っていった。

松方さんの下腹部からケバケバしいまでの鮮血が溢れ出してくる。なおも横断歩道を渡ろうとする松方さん。鮮血が横断歩道へと滴り落ちていく。
町ゆく人たちは遠巻きに松方さんのことを見ている。

本能的に前に足を出す松方さん。その脳裏にこれまでのことが、走馬灯のように蘇ってくる。便所掃除。渚で戯れた時。女優とのSEX。火炎瓶を投げつけた時。そして浮かんでいたドブネズミの死体。

「バカヤロウ・・・」

そう言うと松方さんは前方に倒れてコト切れた。その様子を見届けると丹波を乗せた車は走り去って行った。そこに被さる「終」の赤い文字。

このように見応えのある映画に出会ったのは、久しぶりだった。暴力と性が画面の中で溢れかえっている作品に出会ったのは久しぶりであった。この流れをさらに押し進め、先鋭化させたところに「仁義なき戦い」をはじめとする実録ヤクザ路線があることは間違い無いであろう。

そして、その主軸をになった監督、深作欣二。俳優、松方弘樹のアーリーワークスとして、この作品が持っている価値は大きなものであろう。

久しぶりに映画を見ながら、ワクワクした気持ちになった。そんな作品であった。

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