ピッチャーがやりたかった(15)

ピッチャーがやりたかった。
ただ「それだけの話」
それだけの話で10年間、過去の眩しい青春の思い出の裏で後悔している。「ってだけの話」
読み終わったら、へーそうなんだ。って「なるだけの話」

前回の話はこちらから.


27.ピッチャー善家

こうして僕はこのあとの紅白戦に先発ピッチャーとして出場することが決まった。
いつも通りのキャッチボールまでのウォーミングアップが終わったら、すぐ試合を始めるらしい。僕は緊張の中ウォーミングアップを始めた。いつものキャッチボール相手の同級生にこの後の登板を意識して投げ込む。

「ストラーイク!良いねぇ今日抑えれるんちゃう!?」

「ナイスボール!気合い入ってるね!」

この後の登板に向け色々な声をかけて盛り上げてくれた。僕はというと、思いもよらぬビッグチャンスが訪れたのでずっとテンパっていた。
「この紅白戦で活躍したらピッチャーになれる」という期待もあったし
「もしダメだったら、チームに迷惑をかけたらどうしよう」という不安もあった。
ずっと憧れていたピッチャーだったのに、いやずっと憧れていたピッチャーだったから、すごく緊張していた。
いつもの倍くらい汗をかいていたが、これがその日が記録的な猛暑の日だったからなのか緊張からくる汗なのかはわからなかった。僕はいつもより汗びっしょりでウォーミングアップを終えた。

いよいよ紅白戦だ。皆は赤チーム白チームに分かれた。僕は少しだけブルペンで投球練習をしていた。僕の女房役のキャッチャーはシンゲンだった。

「俺、変化球とか投げられんけど。どうしよう」
僕は不安で泣きそうな顔でシンゲンに言った。

「まぁまぁ、いらん事考えずに思いっきり投げ込んだらいいけん」
シンゲンは笑顔で僕に声をかけた。こんなときのキャッチャーが親友のシンゲンでよかったと心の底から思った。

「落ちるかわからんけど、一応ツーシームは投げれるかも。握りは知ってるし、腕の振りはストレートと一緒やけん」
僕はこの当時ほとんどメジャーじゃなかったツーシームを知っていた。なんせ僕はずっとピッチャーに憧れていたからだ。いよいよ始まるという緊張から僕は早口でシンゲンに言った。

「お、おう。じゃあストレートのサインが指1本でツーシームが2本ね。まぁ基本ストレートでいくから腕振って投げてこいよ。」
なんとなくのサインが決まった。

「よし、じゃあ今から紅白戦始めるぞ!赤と白整列!」

夏真っ盛り、記録的猛暑。いつもよりも鳴く蝉の声、そしてのしかかる緊張感をかき消すように僕は大声で叫んだ。

「よろしくお願いします!!!!」

いよいよ紅白戦が始まる。


28.運命の紅白戦

僕はまっさらなマウンドに上がった。初めて触るロージンバッグになんとなく指をつけ、ふっと息を吐いた。白い粉が空に舞う中、監督の声が響いた。

「プレイボール!」

いよいよ紅白戦が始まった。

「善家打たせてこいよー!」
「リラックスしてリラックスー!」
バックの守備陣がみんな声をかけてくれた。いつもはピッチャーに声をかける側だったが、今日は声をかけられる側だ。

「ああ。今から俺ピッチャーとして投げるんだな」

僕はおおきく振りかぶって、シンゲンが構えるキャッチャーミットめがけて全力で投げ込んだ。

「ボール!」
球は大きく上に逸れた。少し力みすぎた。

シンゲンが両肩を回すジェスチャーをしてボールを投げ返した。キャッチャーマスクの中は笑顔だった。「落ち着いて落ち着いて」そう伝えている様子だった。

僕は大きく深呼吸をして、2球目を投じた。

「カキン!」真ん中に甘く入った球を打たれた。
「ショート!」打球はショートにゴロで飛んでいった。ショートの先輩が難なく捕球して1塁に送球した。
「アウト!」

「オッケー!善家良いよー!打たせたら守るよー!」
なんとか1アウトがとれた。

続いて2人目のバッター。僕は無我夢中でシンゲンのミットめがけて投げ込んだ。

「カキン!」
初球を捉えた打球は快音を残しレフトに鋭く飛んでいった。

「アウト!」レフト正面のレフトフライだった。

「ツーアウト!」あっという間にツーアウトになった。

あとアウト一つでチェンジだ。
僕は無我夢中でシンゲンが出すストレートのサインに頷き、構えられたコースに全力で投げ込む。

「おれいまやっと、ピッチャーが出来ているんだな」
小学生の頃ピッチャーにあこがれてから、野球を始めたこの何年間のことを考えながら夢中で投げ込み続けた。

「ストラーイク!」初めて空振りが取れた。

「バッターアウト!チェンジ!」
夢中で投げていたので気が付かなかったが三振を取っていた。

「ナイスピッチング!!善家!!」
バックで守っていた野手達が笑顔で声をかけながら戻ってきた。

こうして初登板の1イニング目、なんとか無失点で終えることができた。

僕は汗でぐっしょり濡れた顔をアンダーシャツで拭いながら思った

「ピッチャーって、楽しい!」

ピッチャーできずに引退するまであと2年

続く。


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