MCバトルにもう一度出たい(4)

前回の話の続きです。
前回の話はこちらから。

7.初バトル

こうして僕の初MCバトルの対戦相手は、僕と同じくフロアで震えて順番を待っていたしみちゃむさんに決まった。
二人とも「なんでやねん…」という表情を浮かべていたが非情にもDJのスクラッチとレディーファイトの掛け声と共に僕の人生初バトルが始まった。

「僕たち二人とも芸人なんですよ!勇気出して初めてMCバトルに出たんですよ!なのになんで芸人同士でやり合わなあかんねん!」

「ほんまやで!くじ運悪すぎるやろ!!」

8小説ごとにお互いが「なんでやねん!」という気持ちをラップで叫び、もはやバトルというよりも新しい形の漫才みたいになっていた。
全く意味の分からない前代未聞の状況だったが、意外とフロアはウケて盛り上がった。

この流れでバトルを終わらしても良かったのだが

「しみちゃむさんずっとビビリ顔、太ってるからチ◯コ小さそう2mmかも」

後攻の利を活かして最後にちょこっとDisった。
なんやかんやで僕が勝った。
申し訳ない。

「しみちゃむさん、なんか、すみません」

「うん、ええねんで、、そんなん思ってたんや」

僕の人生初MCバトルの勝利は、仲良しのしみちゃむさんをなんやかんやで倒して、だった。

続く2回戦は高槻のラッパーにあっさり負け、僕のMCバトルデビューは2回戦敗退で終わった。

ただ初めてステージでラップをして歓声を浴びるのは、初めて漫才をしてウケたときと同じ感覚ですごく気持ちよかった。

「次は絶対当たらないのを願って、他のバトルも出てみましょう!!」

「そうしよう!!もう二度と善家とは当たりたくない!」

こうしてしみちゃむさんと、再びMCバトルの大会に出ることを誓って車で帰宅した。

8.芸人がラップ?

それから数日後僕たちは韻踏合組合主催の、関西で一番伝統的であり規模の大きい「ENTER」にエントリーした。
ENTERは18時開演の32人制のバトルイベントである。しかしエントリー者は100人以上いるため昼から無観客、エントリー者のみで"プレ予選"を行う。我々はそのプレ予選に参加するために昼から心斎橋のクラブにいた。
プレ予選は高槻MCバトルと同様、エントリーMCの名前が書いた紙をホストMCが引き、引き当てられた二人がステージに上がってバトルをする。

「またしみちゃむさんと当たったら笑いますね」

「いや笑われへん」

そんな会話をしながら僕たちは自分の名前が呼ばれるのを今か今かと待っていた。すると後ろから

「芸人や」
「あーこいつらか。」

といった話声が聞こえてきた。

当時は、といっても今もだが僕たちは無名の芸人だったので僕たちのことを言っているとは微塵も思わなかった。

「そして後攻は…カスタネット!」

僕は名前を呼ばれステージに上がった。対戦相手はしみちゃむさんではなく大阪のラッパーだった。

「良かった!相手はしみちゃむさんじゃない!」
僕はまず危惧していた第一関門を突破した。そしてDJがスクラッチを鳴らしバトルが始まった。
ビートはHip Hop Is Deadだった。


先行のMCがバースを蹴り出した。

「YO、相手は芸人、芸人相手に負けるわけがねえ。HIP HOP舐めんじゃねえ」





"なんで俺が芸人って知ってんの??"


いきなり寝耳に水のDisで僕はテンパった。


そして先行のMCのバースにオーディションは盛り上がった。

「year!」


「芸人◯せ!」




"なぜ周りも知っている??"



これは後から聞いた話だが、今までは「芸人がバトルに出る」ことは前例がなかった為、高槻MCバトルでの僕たちの話が噂で出回っていたらしい。

僕はテンパりながらもアンサーを返したが虚しくも1回戦で敗退した。

芸人がバトルに出ることを否定され、ビートは「Hip Hop Is Dead」
自分の全てを全否定された気がした。

オーディエンスの歓声で勝敗が決まり、僕はステージ上で呆然としていた。

するとホストMCをしていた韻踏合組合のHIDADDYさんが口を開いた。

「自分芸人なんやー。」

「は、はい…」

いまから無茶苦茶怒られるのだろうか。
公開説教が始まるのだろうか。僕は今にも泣きそうな目で俯いていた。

「なんか踏み方とか言い回し、新しいな。ラッパーじゃないからのスタイルなんかも。そのまま磨いていったらめっちゃ良くなると思うで!」

まさかの言葉だった。一瞬"もうバトルに出るのはやめよう"と思っていたのだがこの言葉にすごく救われた。今思うとHIDAさんがこの言葉をかけてくれなかったらその後バトルに出ることはなかったかもしれない。
僕は敗退したが、嬉しい気持ちとやる気に満ち溢れた。


そして少し時間が経って、共に出場していたしみちゃむさんの出番が来た。

「次のMC、しみちゃむ!」


「出た。こいつも芸人や」

僕のときと同様ステージに上がる前から芸人であることはバレており、前の試合で僕がけちょんけちょんに芸人であることをDisられていたのもあってフロアは異様な空気に満ち溢れていた。

「では先行しみちゃむで、DJ Spin The Shit!!」

HIDADDYさんの掛け声で試合が始まった。

異様な空気の中始まったバトル。
フロアのラッパーたちは腕組みをしていたり、タバコを吸っていたり、流れるビートで首を揺らしていたりしながら"噂の芸人"がどんなラップをするのか待っていた。


「Year、僕が先行。名前はしみちゃむ」

そしてしみちゃむさんがラップを始めたその瞬間、




爆笑が起こった。




「いや声高ー!!!!!!!」
オーディエンスは思わず声を漏らした。


「しみちゃむ、僕はリリカル、みんなバトルが終わる頃には僕のことが気になる」


「やから声高すぎるやろ!!!!」

「んで韻固いんかい!!!!」


またもやフロアに大爆笑が起こった。


そんな中しみちゃむさんはその高い声と固い韻で相手をDisり続ける。
いつしかその爆笑は歓声に変わっていった。
そしてバトルが終わり、

「勝者、しみちゃむ!」

しみちゃむさんは大歓声の中勝利した。

まさかの"新しいタイプ"の人間の出現に、勝敗が決まったあともフロアはザワザワしていた。


「え、めっちゃおもろいやん」

「強くない?」


僕が"芸人がラップをすること"を全否定されたのと対照的にしみちゃむさんは完全に会場中の人間の心をロックしていた。

そしてしみちゃむさんはその後の試合も勝ち続け、夜から行われる本戦に出場が決定したのだった。


「なんか勝ててんけど」

「いやしみちゃむさん、エグないすっか?」


僕たちは夜に行われる本戦までの時間を待った。


つづく。



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