MCバトルにもう一度出たい(3)

前回の話の続きです。
前回の話はこちらから。

5.「N.S34posse」

こうして僕は芸歴が1期上の34期生の先輩たちによる"実はヒップホップが好き"な集団の仲間に入れてもらった。

この集団には既に名前がついており「N.S34posse」(えぬえすさんよんぽっせ)
という名前らしい。

「posse」とはスラングで

〔同じ目的を持つ〕集団、仲間、ギャング

という意味がある。伝説的なアメリカのラップグループN.W.Aの曲でも

When me and my posse stepped in the house. All the punk-ass niggas start breakin’ out. ‘Cause you know, they know what’s up. So we started lookin’ for the bitches with the big butts.
「オレとオレのポッセが家に足踏み入れたら。パンク野郎どもは逃げ出すのさ。何が起こってるかわかってるからな。そしてオレ達はデカ尻のビッチ達を物色するんだぜ。」

N.W.A/GangstaGangsta

という歌詞がある。
いかつすぎる。

つまりN.S34posseは34期生さんたちによるヒップホップ集団であるらしい。
ただ中身は僕と同じく"実はヒップホップが好き"な人種の集まりなので、CDを買ったらみんなで回し貸りする、DVDを買ったらみんなで集まって見る、カラオケで心置きなくラップを歌う、というN.W.Aの歌詞に比べるとすごくほっこりする活動内容だった。
唯一したワルい事は、深夜によしもと漫才劇場のすぐ下のYES広場に集まってスピーカーからビートを流して「俺たちをマンゲキメンバーにしてくれ!」とフリースタイルしたことぐらいである。
ビビってすぐに退散した。

なにはともあれ、ずっとしたかったヒップホップの話ができる仲間ができたのである。
僕はすごく嬉しかった。

N.S34posseのメンバーのしみちゃむさんは家にレコーディング機材を持っており、posseのメンバーで曲を作ってレコーディングをしたりした。
僕は決して上手ではなかったが、「人生で初めての自分の曲」ができたことが嬉しくてたまらなくて、四六時中その曲を聴きまくっていた。

そんなこんなで僕はメンバーの中でもしみちゃむさんと特別仲が良くなり、それから毎日しみちゃむさんの家に通う日々が始まった。
当時僕が住んでいた九条からしみちゃむさんの住む今里まで電車に乗ると7駅。この距離を自転車で川を2つ超え、上本町の坂を超えて毎日通っていた。
そこで夜な夜な二人で遊びで曲を作ったり、フリースタイルをしたり、お互いが好きなアルバムを流して聴いたりしていた。
しみちゃむさんはかなりのヒップホップヘッズだったのでCDラックにはたくさんのCDがあった。
だから家に行く度にアルバムを1枚借りて、次の日また新しいアルバムを借りる、と言う流れで自分が聞いてこなかった日本語ラップの曲にたくさん触れさせてもらった。
特にキリコ氏とEVISBEATS氏がしみちゃむさんのオススメでアルバム全部聞かせてもらった。
今でも大好きなラッパーだ。

そんなこんなでしみちゃむ宅で毎日ラップをしていたある日、一つの提案をした。

「しみちゃむさん、MCバトル出てみません?」

毎日ラップをしているうちに聞く側じゃなくて、人前でラップがしてみたくなった。
まだCD越し、画面越しでしか感じれていないヒップホップの空気を直に感じてみたくなった。
今までは"ヒップホップが好き"な事すら隠して生きてきたが、そんな自分とおさらばしたくなった。

6.初MCバトル

「えー!怖いなあ!でも良いなあ。出てみようか!」

こうして僕たちは初めてMCバトルに出てみることになった。ネットでいろいろ調べてみると数週間後に高槻のクラブにて「高槻MC BATTLE」というイベントが開催されることを知った。

「とりあえず、これに出てみましょう!」
二人でせーのでエントリーメールを送った。

MCバトルに出場するにはMCネームが必要だったのだが、MCネームを考えている間に今の「出てみよう!」のノリと勢いがなくなってビビって出なくなる可能性もあったのでとりあえずその時組んでいたコンビ名から拝借して「カスタネット」というMCネームでエントリーした。

そして高槻MC BATTLE当日、しみちゃむさんが運転する車で高槻のクラブへ向かった。
初バトルで気合いを入れるために、二人でドンキホーテで聞いたことのない激安エナジードリンクを購入して一気飲みして、初めての大阪のクラブへ足を踏み入れた。
受付でエントリーを済ませてフロアに入る。
「エントリーしてるカスタネットです。」
オーディションライブで慣れていた文言だったので緊張していたがすんなり受付を済ませれた。悲しい慣れだ。

薄暗くてタバコの煙が充満したフロアには、オーバーサイズの服に身を包んだB BOYで溢れていた。
ステージではDJがレコードを二枚使いで曲を流している。ちょうどnotorious B.I.Gのunbelievableが流れていた。

「まんま8mileやん。」

その光景と流れている音楽がまんま映画の8mileのようだった。

はじめてのヒップホップのクラブ、DJ、B-BOY、突き上げる重低音、そしてバトル前の独特の雰囲気。
僕はまるで8mileの最初のシーンのように気分が悪くなってトイレに行った。
緊張のせいだと思ったが、もしかすると先ほど一気飲みした得体の知れないエナジードリンクのせいだったかもしれない。

とにかく、しみちゃむさんとはぐれて迷子になるのに最大の注意を払いながらイベントが始まるのを待った。
そしていよいよバトル開始。
1回戦はホストMCが抽選箱からエントリーしたMCの名前が書かれた紙を引く。そこで引かれた2名がフロアからステージに上がって戦うのだ。
1回戦はどんどん消化していった。初めて生でMCバトルを見た僕は興奮と緊張でよくわからないテンションになっていた。

「僕もしみちゃむさんもまだですね。先しみちゃむさんの試合見てから出たいなあ。」

「僕だって善家の後に出たいなあ。」

そんな会話をしていたとき

「次の試合、まずは…カスタネット!」

自分の名前が呼ばれた。
ぼくは「はい!」と卒業式ばりの返事をしてステージに向かった。

「善家やん!がんばれよー」
しみちゃむさんがぽんっと背中を押した。

初めて上がるステージ。見渡すとフロアにはたくさんのB-BOYが鋭い視線で自分を見ている。
それもそうだ。ほぼ全員が出場者なのだから、ステージに上がっている僕は全員の敵なのだ。
そしてクラブで唯一の前髪を出した髪型。きつい視線を感じた。

「いかつい人が相手じゃなかったら良いなあ。」
僕はハリーポッターの組み分け帽子のときのハリーのように「いかつい人は嫌だ。いかつい人は嫌だ。」と頭の中で連呼していた。

「そしてカスタネットと戦うのは…」
ホストMCが2枚目の紙を読み上げた。

「いかつい人は嫌だ。いかつい人は嫌だ。…でも、そんな相手にカマせて、声援を得ることができたらすごく気持ち良いんだろうなあ。」

興奮でパニック状態の僕はそのとき確実に"部活の試合の日の朝の匂い"を感じていた。

そしてホストMCが僕の対戦相手の名前を呼んだ。




「しみちゃむ」


「なんでやねん。」


愛媛県出身の僕が今までで一番自然に、なんでやねんとつぶやいた。


こうして僕の人生初MCバトルの相手は、しみちゃむさんに決定した。

続く。

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