アブラクサス(ABRAXAS)2:グノーシスバジリデス派以降〜アブラサクスたらい回し編!2
9602文字
アブラサクスの記述
バシリデスは、エジプトのアレクサンドリアで初期キリスト教のグノーシス派の宗教教師で、紀元117年から138年まで教えた。20冊以上書いたとされ、最も早いグノーシス福音書注解者の一人とされる。彼を伝える話とシモン・マグスを伝える話にアブラサクスの記述がある。
バシリデスは、20冊以上書いたとされるが無いんだよ!!消されたか?バシリデスの教えに対する最古の反論であるアグリッパ・カストールは失われ、我々は以下の後発紙に頼っている。
バシリデスの情報源は論駁教父
バシリデスと彼の教えについて、主に彼を非難する者たちの著作を通して歴史家は知っている。なので本人の著作そのものが無い問題が有る。
20 世紀半ばにナグ ハマディで発掘されたグノーシス派の書物は、今まであったバシリデスによって教えられたとを(論駁教父が)説明しているものと同様の、多くの宇宙論的考え、いくつかの具体的な類似点も存在する。残っている文は少ないがバシリデスの息子のイシドールが書いたと思われる一節とも同じ。
論駁(ろんばく) とは?
相手の論や説の誤りを論じて攻撃すること。「反証をあげて―する」
なので論駁教父とは異端だ〜!と論破する仕事のキリスト教聖職者。
ワシから
グノーシス派を同時代に不道徳であると非難した論駁教父たちのグノーシス派はこうだよ、との話から、年代を重ねるごとに違う内容になっていくのを見ていく。
英語圏のアブラクサスの説明のblog主は7割キリスト教徒、妄想で話す。blog主の解説は話し半分以下、古代の本人の弁だけ注意して読むことが重要。また、キリスト教徒なので肝心な文を削ることがあり、見比べることが大事。
本題:バシリデス・アブラサクスの情報を
年代順に並べていく
1.【キリスト教会博士】
聖エイレナイオス(130年〜202年)
エイレナイオス功績。異端反駁においてグノーシス主義を批判した一人であり、救済史という神学を示した最初の人物である。それだけではなく、統一された普遍的なカトリック教会が出現することができた、貢献者の一人であると教会の歴史家から認められている。人類全体に大変な迷惑を残した人。
聖エイレナイオスのバシリデス派の教義の説明
目に見える最も低い天国を支配する天使たちは、私たちの世界に存在するすべてのものと人々をもたらしました。 これらの最も低い天国の天使の最高位は、ユダヤ人の神と同一です。しかし、この神は異邦人を自分の選んだ(ユダヤ人の)人々に服従させようとしたため、他の天使の公国は彼に強く反対しました。
目に見える世界を創造した最も低い天国の天使の存在の力から人間を解放するために、胎児で無名の父は彼の初子であるヌース(歴史上キリストとして知られている)を送った。
実際、苦しんだのはキリストではなく、彼のために十字架を背負うことを余儀なくされたキレネのシモンが、イエスの形を取り、キリストの代わりに十字架につけられました。シモンが十字架につけられたとき、イエスは彼(シモン)の苦しみを嘆いた人々を笑いながら父に戻りました。
グノーシス(知識)によって、人の魂は救われますが、肉体は滅びます。このように、肉体の復活などというものはありません。なぜなら、肉は贖いを超えており、精神だけが救いを必要とするからです。
2.【初期キリスト教 神学者】
アレクサンドリアの聖クレメンス (150年~215年)
アレクサンドリアのクレメンスは2世紀の人物で、初期キリスト教を代表する神学者の一人。エジプトのアレクサンドリアで活躍したためこの名で呼ばれるが、エジプト出身ではなくギリシアの”アテナイの出身”と考えられている。
聖クレメンスのバシリデスの説明
疑いなく彼(バシリデス)は、神の命令によって唯一より高い啓蒙を受ける権利があるとして、人類の一部(ユダヤ人だろ)を他の者から切り離すように選択を推し進めた。この意味で、彼が「選民(ユダヤ人)は生まれながらにして超俗的であるため、この世の見知らぬ者」と呼んだのだろう。[アレクサンドリアの聖クレメンス、ストロマタブック iv。第 26 章。
ここでは関係ないがとても重要な事を話している
クレメンスは、ユダヤ人にとっての法律の機能と同様に、哲学がギリシア人にとって宣伝的な役割を果たしたと断言している。その後、彼はギリシャの文化と技術の起源についての議論に着手し、ギリシャ世界の重要な人物のほとんどは外国人であり、(誤って)ユダヤ文化がギリシャに最も大きな影響を与えたと主張している。
3.【キリスト教神学者】
テルトゥリアヌス(160年? - 220年?)
クイントゥス・セプティミウス・フロレンス・テルトゥリアヌス(160年? - 220年?)は、2世紀のキリスト教神学者。ラテン語で著述を行ったいわゆるラテン教父の系統に属する最初の一人。テルトリアヌスとも。概要カルタゴ(現チュニジア)に生まれる。その生涯についてはほとんど知られていない。197年にはローマにおいて洗礼を受けていたことがわかっている。彼は法学と修辞学を学び、その知識をキリスト教擁護に活かした。カルタゴに戻った彼は、キリスト教信仰を異教徒に対して弁明するための文書、正統主義信仰を異端から擁護するための論駁書を数多く著した。
テルトゥリアヌスは神学や弁証学を聖書以外のものに基礎づけることに激しく反対した。彼は聖書の充全性の原理を唱えた古代の人々の中でも、最も強力にそれをした人物の一人に数えられる。「アテネとエルサレムと何の関係があろうか。アカデメイアと教会と何の関係があろうか」と問う人々に、『激しい批判』をしている。
テルトゥリアヌスのアブラクサスの説明
テルトゥリアヌス:付録
その後、異端者バシリデスが現れた。彼は、アブラクサスという名の至高 の神が存在し、その神によってマインドが創造されたと断言し、ギリシャ語でヌース(Nous)と呼んだ。
そこから言葉が生まれた。この神は神意と徳と賢さを授けられた。その後、これらの中から摂理、権力、天使が作られた。そこには”無限の問題と天使の行列があった”。
これらの天使によって365の天が形成された。そして世界はアブラクサスに敬意を表し、その名は計算すれば、それ自体がこの数を持っている。さて、この世を作った最後の天使たちの中で、ユダヤ人の神を最も新しい、すなわち法律の神としています。 また預言者たちについて(バシリデス)は、神であることを否定しているが、天使であることを肯定している。
彼(アブラクサス)にはアブラハムの種が割り当てられたという。こうしてイスラエルの子らをエジプトの地からカナンの地に移したのも彼であった。彼は他の天使よりも乱暴で、それゆえ頻繁に扇動や戦争を引き起こし、そう、人の血を流すことになると断言する。
さらにキリストは、この世界の創造主によってではなく、上記のアブラクサスによって送られたと断言している。そして、キリストは幻影の中に現れ、また、肉体の実体を持たなかった。
ユダヤ人の間で苦しんだのは彼(イエス)ではなく、シモンが彼の代わりに十字架につけられたのである。 だから、十字架につけられた人を信じてはならない。そうすれば、シモンを信じたと告白することになる。
殉教は耐え忍ぶべきものではないと彼は言う。肉体の復活を激しく非難し、肉体には救いが約束されていないと断言する。
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