「抗体詩護符賽」ドイツ銀行と私
ドイツ銀行と私の間には何の繋がりもない。私は数年前までドイツ銀行という存在すら知らなかったし、ドイツ銀行の関係者は勿論誰一人として私のことを知らないだろう。ドイツ銀行と私の間には全く関係がないのだ。しかし私の中には一つだけドイツ銀行に関しての強烈な記憶が存在する。あれ以来私は一方的にドイツ銀行に対して特別な気持ちを抱いている。
あの日、私達はニューヨークはクイーンズのマンションの一室でKが買ってきたマクロビ弁当を食べオレンジジュースを飲んでいた。Kには何かの迷信かわからないがパーティ前にはとにかく化学調味料やカフェインアルコールなどを抜いてピュアな体にしておかないといけないという強迫観念があった。私はハレ・クリシュナ教団の歌声が響き渡るユニオンスクエアでタバコを吹かしていた時に出会ったメルという黒人の青年と連絡先を交換し、たまに彼の家の近くの路上を一緒に散歩していた。メルはいつも強力な紙をくれた。あの日私達はその紙を一枚づつマクロビ弁当でピュアになった身体にぶち込み、夕暮れ時のマンハッタンへと向かったのであった。
チェルシーはオシャレな地域だ。そこら中ギャラリーだらけで、ビルの上層階では何やらセレブがパーティーを開いているのがみえる。私達は逃げるように汚い路地の方へと吸い込まれていった。おしっこが漏れそうだったのだ。NYでは立ちションをすると捕まる恐れがある。無事用を足すと私達はCieloというクラブに向かった。私は既に紙の影響下にありやけにソワソワしていた。中に入ってすぐに内蔵がひっくり返りそうになりパニックのあまりトイレへと駆け込んだ。鏡をみると顔が下へ下へと垂れていくではないか。こいつは強力だ。私は個室へ入り便をひねり出した。その瞬間ものすごく世界が明るくなった。私はトイレの入口に立ってタバコや飴ちゃんをくれる役割をしてくれている黒人のスタッフと目で挨拶を交わし、フロアへと戻った。フロアは狂乱の祭り会場と化していた。マフィアの様な服装のオジサマが若い女の子を引き連れて酒を飲んでいる横で、キューピーさんという常にシャツをズボンに入れて踊ることで有名な日本人の変なおじさんがものすごく自由に踊っていた。今にも気絶しそうな白目を剥いたラテン系の男と日本人の中年夫婦の横にKの姿が見えたので私は彼の方へ歩いていった。
気がつくとどこからか祭囃子が聞こえてきて私は急にブチ上がり「アソーレッ!アソーレッ!」と見えない神輿を担ぎながら踊っていた。横ではKが爆笑している。実際に流れていたのがどんな音楽だったのかは知る由もない。しかしそれは明らかに神輿を担ぎながら踊る類の音楽であった。私達は夜通し踊り続けた。途中フラッシュが焚かれる中、私はキース・ヘリングの描いた壁画になっていた。彼の絵に描かれている人間のような踊りをしていたわけではない。彼の絵そのものへと身体が変容していたのだ。私の身体は私のコントロール化から離れ、キース・ヘリングのペン捌きがその動きをすべて決めていたので私はただただ自動的に動くその身体を観察することしかできなかった。それはとても気持ちがよくて安定的であった。自由な空間が広がりそこにいたみんなが楽しんでいた。
夜中、急に音が鳴り止んだ。一晩中DJをしていたフランソワがマイクを握り「今日はありがとう、毎週ここでやってるしまた来週!」と一言だけ言い音と共に照明も止まり、時空がまるごと止まった。私達は息つく暇もなく夜中のマンハッタンへと放り出された。あまりの急さに私は状況がよく飲み込めなかった。これからどこへ行けばいいのだろうか。夜は更け、朝まではまだまだ時間があった。私とKはとりあえず肌寒い路上へ飛び出し、あてもなく歩きだした。外には別世界が広がっていた。
「俺たちこのまま水飲まんかったら死ぬよな?」Kが興奮しながら言った。「せやなぁ、確かに」私は何を当たり前のことを言っているんだろうと思いながら答えた。私はKが死にたがっているんじゃないかと心配になった。後で聞くとただ急に生命というものへのセンス・オブ・ワンダーが沸き起こってきただけだとのことだった。確かに私達は水を数日飲まないだけで死んでしまう非常に危ういバランスの上で常に活動している。そんなバカ話をしながら、とにかく私達はただひたすら南の方へと歩いていった。
何時間たったのだろうか。ゴージャスなホテルが立ち並ぶ川辺を歩き、ようやく私達はグラウンド・ゼロへと到着した。まだ辺りは暗かったが警備員が立っていた。警備員に挨拶をすると私達は2001年9月11日飛行機が突っ込んだというあのビルの跡地へと足を踏み入れた。四角い穴に水が吸い込まれて行く。しばらくぼーっとその穴を眺めていた。なんだか急に感傷的になってきたし、歩き疲れたのでここらでイッチョ一服しようということになり私達はもう少し先のバッテリーパークへと向かうことにした。高層ビルが立ち並び、どこか邪悪な雰囲気が辺り一面を覆っていた。私達はバッテリーパークで向かいの島を眺めながら一服していた。
「近くの島に刑務所があって、ここの港から悪い奴がその島に送られててん。なんか学校みたいやんな。そこのウォール街のやつらとかいじめっ子ぽいし」
「じゃあ先生って誰なんやろ?」
私達は現在の状況を学校生活に置き換え、一つ一つ学校生活に置き換えていった。先生はキリスト教ということになった。おそらくKが地下鉄で缶ビールを飲んでいたというとてつもなくしょーもない件で捕まった時、裁判所で神に誓いをさせられた事が気にかかっていたのだろう。
もう完全に朝になり私達は地下鉄の駅へ向かうため、真後ろにそびえ立つビル群の中へと突入していった。早朝のオフィス街、スーツ姿のゴツい男たちが続々と地下鉄の駅から地上へと上がってくる。どいつもこいつも筋骨隆々で目は血走っていた。気がする。彼らは一人残らずジムへと吸い込まれていった。何だこいつらは。彼らにとって仕事場は決闘の場のようであった。ビル群の中を進んでいくと巨大な闘牛が仰々しい顔つきでこっちをみている。さっきジムの中で自らを追い込んでいた彼らはこの闘牛から力をもらっているのだな、と私は変に納得した。
「俺たちも筋トレしたほうがよくない?じゃないと勝てないっしょ」
何故か彼らと闘うことになっていた。
ほどなくして私達は怪しい臭いのする小道を見つけた。小道へ入っていくと急に立派な建物が現れた。ニューヨークストックエクスチェンジと書いてある。モルガン、チェースなどの文字もみえる。ここがウォールストリートか。思っていたよりかなり細い道だ。その細道を屈強な男たちが忙しく、そそくさと歩き回っている。我先にとジムへと向かって急いでいる。そんな男たちを横目に私達はさらに先へ進んだ。少し行くと何やら軍人のような格好をした輩が2、3人立っている。怪しい。
「あいつらヤバない?何者?」「めっちゃ悪そうやんなw」
小声でそんな話をする。
とても邪悪な雰囲気の黒ガラスの前にネオナチみたいな奴らがたむろしている。なんでこんなところにネオナチが?と私は思った。建物に目をやると金色に縁取られた黒ガラスのドアの先には漆黒のスーツ姿の男が立っている。ドアの上にドイチュバンクとある。軍人と思った彼らはドイツ銀行の警備員だった。なるほどドイツっぽい。てかナチっぽい。私はここには何かがあると感じた。とてもデカイなにかが裏で動いているのではないか?と私の直感は感じていた。これが初めてドイツ銀行という存在を知った時だった。何も起こらなかったし、何の情報も得られなかったが、徹夜明けのぶっ飛んだ頭にドイツ銀行は強烈な印象を残していった。そしてとうとう私達はクイーンズの家に戻りベッドへと倒れ込んだ。
何時間意識を失っていただろうか。起きたら異常に清々しい風が窓から吹き込んでいた。夜だった。
数年前から再びドイツ銀行の名を見るようになった。なんでも破綻寸前のようだ。世界中の政治家や実業家と関係しているというあの「ロリコン島」のジェフェリーエプスタインとの関連も深いといわれている。米中の戦争、ベネズエラ、ブレグジット、今世界はドイツ銀行破綻という爆弾へと向かって動いている。リーマンショックの10倍とも100倍とも言われる規模のドイツ銀行の破綻は世界中に混乱をもたらすだろう。ぶっ飛んだ頭でウォール街を散歩していたあの日の私達は、ドイツ銀行のNY支店から、こうした状況を生みだすことになった金融資本家達のその根底にある深い闇の力の蠢きを感じ取っていたのだろうか。
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