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地上の楽園に到達


バンコク3日目の朝。まだ日が昇っていない時間に、タイ東部・トラート地方へ向かうバスが出る。
トラートはわりかし知名度のある海沿いの地域だが、大半の旅行者はカンボジアか離島への中継地にするだけで、ろくに観光しない。
都会的ではあるがバンコクと比べて大して見所がなく、有名なチャーン島や私が向かうクート島へ簡単にアクセスできるからビーチ目当てにトラートに滞在する人もいない。
カンボジアへ向かう人はまっすぐ通りすがるのでトラートで一泊挟んだりしない。
通過はするけど観光されない不遇の地、それがトラートである。

今日はトラートの港に着いたらフェリーに乗り換え、昼には憧れのクート島へ到着する予定だ。


boon siriという旅行会社を利用すればバス・フェリー代込み片道3000円程度で、島に到着するまでほぼ流れに従うだけなので乗り換え時もまったく迷うことはない。

自分でフェリーを手配するより安く、英語すら話せない私のような人間でも驚くほど簡単にかの島へ行けるのでオススメ。
バスに長時間は嫌だよーって人は、トラートまで飛行機で移動するといい。


boon siri利用者はほぼ全員が白人。私の隣には美人な白人のねーちゃんが座った。気さくで優しくて美人で完璧なねーちゃんなのでドキドキの5時間だったが、ドキドキするイベントは発生しなかった。

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トラートの港でフェリーに乗り換え、海の旅に出る。波はそこそこ荒れており、船酔いした白人のババアたちが船内でゲロしまくる地獄絵図が展開されたので、私は泣く泣く冷房の効いた船内から甲板に避難した。
ユーラシア大陸が遠退いていく。そういや、この旅行は人生初のユーラシア上陸だったんだなぁと、この時に気づいた。

ほどなくしてクート島に到着。最後の秘境への旅は実にあっけないものだった。

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クート島の港に降り立ち、10分ほど待機。

さすが最後の秘境、港ですら海水が綺麗で大興奮。底には大量のウニが転がっており、もし食える種類であれば日本人にとってパラダイスである。

出発の合図が聞こえてくると再度フェリーに乗り込み、私はクート島にさよならをして近くにあるマーク島へ向かった。

boon siriを利用すれば1000円で近くのマーク島にも行ける。
格安でアイランドホッピングと洒落込めるのだ、利用しない訳にいかない。

まずマーク島に2泊したのち、本命のクート島で4泊というプランだ。

最初から真っ直ぐマーク島へ行けば?と思うかもしれないが、フェリーが最初にクートへ寄ってしまったのだから仕方ない。マーク島に接近したと思ったら遠退いてクート島に着いてしまったので、最初は船を間違えたかと冷や冷やした。


このマーク島、調べてもほとんど情報が出てこない場所で、なんでも30年前まで電気すら通っていなかったという。
観光資源でいえばクート島の方が豊富で、あまり見るべきものはない。だがこの素朴でのんびりした環境に惚れ込んだマーク島ファンは多い。

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マーク島の港に降り立つ者はクート島と比べて非常に少ない。他の客にはホテルから迎えの車が来ていたが、私は安宿泊なので当然お迎えはなし。一人港に取り残されてしまった。
やたらでかいタクシーを走らせている愛想の悪いババアが「300バーツで乗っけていってやるぞ」とボッタ値を提示してきたが全力で拒否した。ネットで見た宿の情報では港から徒歩15分とあった。そんくらい歩いていける。

Googleマップを開き、予約していた宿へのルートを検索するも、点線でショートカットが表示されるのみ。
ルートを導き出せなかった時、点線で道なき道を示される。手探りで宿に向かうしかなかった。直線距離だと確かに徒歩15分くらいだが、果たして…?

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時刻は13時頃だが、現地人の姿はほとんど見かけない。車両もほぼ通らない。

人家も無い。なんか建物があると思ったら空き家だった。

想像以上の未開発感に引きながら、宿の方向を目指してみる。

すると、白人のお姉さんに声をかけられた。近くの宿の女将さんのようで、私はうっかり私有地に迷い混んでしまっていた。

地図を見せて「ここへ行きたいんやが」と訊ねると、女将さんは絶望の表情を浮かべ、身ぶり手振りで道を教えてくれた。めちゃくそ遠回りしなければならないらしく、徒歩だと相当時間がかかりそうだった。15分ではどう足掻いても到着できそうにない。

マーク島の日中はクソ暑い。日光を遮るような物がないので、どこにいても常に直射日光に晒される。重いバックパックを背負って脚がガクガクしているし、割と本気で宿に着くまでに野垂れ死ぬ可能性を感じた。

御愁傷様、と言いたげな顔をする女将さんにお礼を言って歩き出そうとした時、どこからか旦那さんが出現し、「俺に任せろ」と獣道に案内された。

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どこが道になっているのかわからないが、とにかくここが近道らしい。
「まっすぐいって、分かれ道で右、その先左で奥で右、左、右……ストリートに出たら左へずっと進んでいけ」というふうに迷いの森系ダンジョンの攻略ルート的な説明を受ける。
「あんた、中国人か?」
「日本人だよ」
「ファイト!」
旦那さんの応援を受けて、道なき道に足を踏み入れる。一歩間違えれば確実に遭難して死ぬ。
記憶力には自信がないが、遭難死の危機感がアドレナリンを分泌させたのか、なぜか完璧に旦那さんが教えてくれたルートを覚えていた。
そして旦那さんの言う通り、ストリートに出られた。あとは道なりに進むだけ。

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思いの外、スムーズに宿に到着できた。

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オーシャンビューでハンモック付き、一泊2500円のバンガロー。
2500円は予算オーバーだったが、オーシャンビューに惹かれて予約した。

レセプション兼食堂でオーナーの一家がくつろいでおり、死にかけの私を見るなり一家は臨戦体勢になった。

「おま、港から歩いてきたんかwwwワロタwww」と親父さんが笑いながらミネラルウォーターを恵んでくれた。ひんやりした手触りだけで生き返った心地がした。

マーク島は小さな島だが、徒歩で移動するには厳しい面積で、バイクが主な移動手段になる。翌日知ったが、クソ暑いこの島を徒歩で移動してると体調と頭を心配される。

宿の看板娘である超絶美少女なお孫さんが受付をしてくれて、部屋の準備が終わるまで食堂でくつろいだ。

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「にゃ~お」と猫が寄ってきて、私の靴に身体をこすりつけてくる。

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猫は心を許した相手にしかスリスリしない。日本ではあらゆる人から嫌われ、道では犬に必ず吠えられていたが、ここでは存在を許された。

「準備できたで、ジャップ」
美少女なお孫さんに呼ばれ、部屋を案内される。今まで見かけたタイ人でダントツかわいい。この辺境の島じゃ受けられる教育は限度があるだろうに英語も達者だ。
美人で頭がよく、元気がよくて優しい。誰からも愛される完璧超人。奇跡の存在である。

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「ここやで」とお孫さんがバンガローのドアを開けた瞬間、カサカサと音を立ててヤモリらしき生物が壁の隙間へ逃げていった。
壁は樹皮のため、隙間からヤモリを主としたら野生の生物が頻繁に出入りしている。

何ビビッてんだこいつみたいな顔をされながら、お孫さんから色々説明を受けるが、英語力に差がありすぎてまったく理解できなかった。

「なんかあったら言ってや」的なことを言い残し、お孫さんは引っ込んだ。
部屋で一人になった私は、荷物を置いてまずベランダに出た。

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憧れのオーシャンビュー。西向きなので、素晴らしい夕日が期待できそうだ。

部屋にクーラーはないが、風通しがいいのでさほど暑さは感じない。

きらめく海と心地よい波の音。オーナーの一家と美少女で完璧超人なお孫さん。そして私の存在を許してくれた猫。

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「ここが、楽園か」

静かにそう呟いた。
クート島が秘境なら、ここは楽園である。


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