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五代雄介は仮面の下で常に泣いていたという考察に異を唱えたい

仮面ライダークウガEPISODE48「空我」において、ン・ダグバ・ゼバとの決戦で人間の姿で涙を流す五代雄介を見て、1部のファンは「彼はこれまでの戦いにおいても自分の暴力に顔を歪め、仮面の下で涙を流し続けていたに違いない」という考察がされている。

↑のページの画像5枚目参照

確かに五代雄介は、暴力を好まない心優しい性格でありながら、皆の笑顔を守るために自身の嫌いな暴力を振るい続けてきた英雄だろう。
だが、彼は本当に常に仮面の下で泣いていたのか?
今回は、五代雄介が仮面の下で常に泣いていたのかについて僕の考えを記事にしていこうと思う。


・五代雄介の最大の魅力とは?

いきなりだが、五代雄介の最大の魅力とはなんだと思いますか?

僕は「自分の恐怖を押し殺してまで周囲に笑顔を振り撒き、人々を守る為に戦うこと」だと思う。

クウガとして戦い続ければ、グロンギ達と同じ戦う為だけの生物兵器なるかもしれない。自分が人間ではない、人々の笑顔を奪う生命体になる可能性があると知りながらも、「大丈夫!」と言ってサムズアップをキメる彼はかっこいいに尽きる。

椿秀一はそんな彼を案じており、蝶野潤一に「常にへらへらしてる軽薄な奴」と評された際には怒りを顕にしている。

「俺を殴って、どんな気がした?嫌な感じがしただろう。」
「それをあいつはずっとやってるんだよ。身体が自分のものでなくなるかもしれないっていう恐怖の中で、弱音も吐かず、皆の笑顔を守る為にな…」

出典:仮面ライダークウガ EPISODE30「運命」

弱音も後悔も漏らさず、みんなの笑顔を守る為に戦ってきた強く優しい彼が、常に仮面の下で泣いていたと僕は到底思えない。

とはいえ、だからといって彼が命を殺めることに抵抗を示さない人間という訳ではない。
EPISODE16「信条」やEPISODE17「臨戦」において、グロンギとの戦いが終わったあと、四散した炎を見つめる彼の瞳には悲しみを帯びてるように感じる。

それに繰り返すが、五代自身は暴力を振るうことを嫌っていることは忘れてはいけない。

「ただの冒険野郎に戻れるといいよね。好きになれないから、あの感触は…」

出典:仮面ライダークウガ EPISODE2「変身」

・じゃあなんで彼は決戦で泣いてたの?

じゃあなんで五代はダグバとの決戦で涙を流してたの?と思うかもしれない。

これについては2つある

1つはファンの皆さんが考察してる通り、「自らの暴力に顔を歪め、涙を流しているから」だと思う。

そしてもうひとつ、僕が考える理由は「最後までグロンギと分かり合えなかったから」だと思う。

いくらグロンギといえど、本当なら暴力で解決せずに話し合って、分かりあって解決したい。
だが、相手はこちらとの対話など望んでおらず、それどころか対話の上で挑発を繰り返すようなやつらである。
だから五代はこれまでクウガとして戦ってきたのだが、やはり最後の最後まで彼らと分かり合うことが出来なかったのは彼にとっても思うところがあったのだろう。

実際、妹の五代みのりが彼の気持ちを1部代弁するシーンがある

「みのりちゃんは平気なの?色々あって、五代君あんなことになっちゃって…」
「危ないことしないで、お互いに理解し合えないのかなって思うけど…きっとそうできる相手ならそうしてるだろうし。今までお兄ちゃん信じてダメだったことって1つもなかったから。」

出典:仮面ライダークウガ EPISODE6「青龍」

本当は暴力なんかに頼らず、話し合って理解し合えるのが1番平和なのだから…

・さいごに

ここまで付き合ってくださった方、本当にありがとうございました。

また次の記事でお会いしましょう👋

みんなの笑顔に!👍

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