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おまえは逆噴射映画祭の前に飲み物を決めなければならない(逆噴射聡一郎ではない)

 よくきたな。おれは逆噴射聡一郎ではない。おれは毎日すごい量のクトゥルフ神話TRPGテキストをほんやくしているが、誰にも読ませる気はない。だが逆噴射映画祭第二弾が予告されたとあって、特別におれは逆噴射ミームテキストを公開することにした。
 偉大なメキシコ人のための映画、デスペラードの上映時間は1時間444分、映画としては比較的マイルドな長さだが、その濃密なストーリー、おまえの肝胆を寒からしめる銃撃戦に次ぐ銃撃戦、ホットなベイブとのひと時のネンゴロは、おまえのじかん感覚を完全に破壊する。スマッホやソーシヤルゲームで冷え切った現代人の心にさえも、メキシコの熱風は失われた情熱を掻き立てる。
 情熱を取り戻した心が何を求めるか?それはもちろん、飲み物だ。
 おまえはデスペラードを視聴する権利を手に入れると共に、デスペラードにふさわしい飲み物を用意しなければならない。
 おれがこれからしょう介するのは、アルコホールを含む飲料だ。お前がもし未成年ならば、そこから出てるバスに乗ってお前の家や学校に帰り、ミルクでも飲んでおけ。夏場は乳脂肪分が少な目なので実際飲みやすい。

     マリアッチの歌が聞こえるまでには酒を用意したい


コロナというビール

 メキシコといえばコロナだ。
 コロナは日本の輸入ビール第一位であり、入手はたやい。海外のビールを販売するコーナーがあれば、そこには大抵コロナは置いてある。
 コロナを購入した経験がない場合「コロナ・エキストラというビールは売ってるけど、これがコロナでいいの?」と疑問に思うかもしれない。コロナという名前のビールは複数あるが、よく飲まれているのがコロナ・エキストラで、基本的にコロナといえばこのビールを指す。

        おもに右の瓶詰めコロナがよく見られる

       https://www.coronausa.com/our-cerveza

 海外の酒にとっ化した専門店などでは、ソルやテカテなどのメキシコビールを発見できるかもしれない。無論これらのメキシコを楽しむのも悪くないだろう。
 コロナの飲み方といえば、透明のボトルをキンキンに冷やし、ふちに塩を塗ってカットライムを挿して飲む、というやり方がよく知られている。
 だが、おれは最初の一本は常温で飲む。
 今から数年前、おれは珠江で船に乗っていた。前日から張り付いていた公安の鷹のような鋭い目を逃れ、取引を終え船上の人となったおれは、うだるような熱さの潮風を全身に浴びながら、店屋から一本くすねてきた珠江啤酒を呷った。その時、おれの飲んだビールは化けた。
 冷えていないぬるいビールは、生死を賭けた興奮と広南の熱、対岸の強い色のネオンの魔法で、かつて飲んだことのないほど冷たく潤う液体となり、おれの喉を過ぎ去っていった。
 今はもう、あの頃の気分に戻れるわけではない。過ぎたことだ。だが、コロナを常温で置いておき、深夜にそっと栓を抜いて口をつけると、珠江の風を微かに感じられた。それはメキシコの持つ殺伐と乾いたユーモア、そしてギラつく太陽のおかげだろう。



アルパカワイン

 アルパカワインについてはこれ以上特に述べるべきことはない。ゴブレットにふさわしい。ちなみに肉のHANAMASA(プロの為の店だ)は関東圏にしか出店していないので、各自酒屋を回れ。コンビニにも置いてある。

おまえたちはカクテルを取り戻さなければならない

 おまえたちはカクテルと聞いて何を思う?「それってこうきゅうなホテルとかでスケコマシがナンパするためのものでしょ?」と答えたおまえはどうしようもない。カックテルは酒になんかを入れて混ぜて飲む、ただそれだけのものだ。
 元々、酒を別の液体で割って飲むやり方は、酒を飲みやすくすると共に、質を誤魔化してだましだまし飲むための小細工でもあった。カクテルは金持ちの娯楽ではなく、その日暮らしの男たちのための酒だったのだ。今でこそワインはグラスに注いで革のにおいがどうとか言うものだと思われているが、古代ローマの医学者が「夏は暑いのでワインは水で割って薄くして飲むと良い」と書き残しているし、『オヂュッセイア』でヘレネがワインにネペンテスをぶち込んだりしている。
 おまえは落語の「青菜」を知っているか。江戸時代には柳陰という焼酎を味醂で割った飲み物が流行していた。あほの若旦那は植木屋に「灘の柳陰」を飲ませてありがたがたせようとする。植木屋は知らないので旨い酒だと思ってのむ。幸せなのは植木屋を笑うあほか、それとも井戸で冷えた柳陰を呷る植木屋か。
 六本木HILLSとかでレインボーみたいな飲み物とは言えない飲みものをつくって記念写真を撮ってインスタとかで偉そうにしているタルサ・ドゥームは目に入れるな。

 
テキーラ
 テキーラの種類にこだわる必要はないが、バンデラスも好んでいるいるテキーラ・ブランコ(ホワイトテキーラ)を使うのがデスペラード鑑賞にはふわさしいだろう。
 ホワイトテキーラは透明のやつで、シルバーテキーラと呼ばれることもある。他の蒸留酒同様、樽で寝かせることで風味や色合いが付いていくが、ブランコはテキーラ本来の癖が色濃く残っている。
 テキーラの品名はこれでなければいけない、と言うつもりはない。近所の酒屋で売っているものをそのまま使えば十分だ。強いて言うなら、マリアッチ(マリアチなどとも表記)という名前のテキーラがある。おれはリカーマウンテン(プロのための店だ)でこいつを用意した。

       デスペラードを観ながらひと瓶空ける予定だ

 また、懐具合に余裕があるなら、変わったボトルのテキーラを入手してみるのも面白い。
 例えば、リコーレス・ヴェラクル社のイホス・デ・ビジャは弾丸や銃の形をしたボトルでゆうめいだ。銃撃に次ぐ銃撃が魅力の一つであるデスペラード鑑賞には悪くない趣向だろう。ちなみにボトルは奇をてらったわけではなく、メキシコ革命を記念して作られた記念品だ。

          http://www.licoresveracruz.com/

        この弾丸はおまえの肝臓を撃ち抜くにはじゅうぶんだ

 テキーラは単独で味わうのも無論悪くないが、カクテルの材料としても広く親しまれている。モヒートやテキーラトニック辺りは、適当な店でも作ってくれる。
 だが、ここでおれが教えるのは、その名も「デスペラード」真の男のためのカクテルだ。酒を入れて混ぜればできるので、片腕を銃撃で撃ち抜かれて動かせないのならともかく、誰でもできるはずだ。
 まず、ビールをグラスかピッチャーに流し込み、次に絞ったライムを入れて軽く混ぜ、その後テキーラを投入して混ぜれば完成する。ライムと共に砕いた氷を入れると冷えて良い。量はビール2にテキーラ1が基本だが、隙にすればいい。
 混ぜるのは専用の棒でもストローでも何なら指でも構わないが、ビールカクテルの常として、あまり激しくかき回すと炭酸が抜けてしまう。黄金の滝のように豪快に上空からビールが降り注ぐ光景を見たいと思う気持ちは分かる。だがそれでは、バンデラスでもないのに雑魚相手に弾の大盤振る舞いをして、肝心の復讐相手の面前で弾を撃ち尽くす醜態を晒してしまうようなものだ。
 殺意を静かに燃やすマリアチのように、酒を注ぐ快い音に耳を傾け、復讐のために用意した大量の武器を研ぎ澄ますかのようにゆっくりと酒を混ぜろ。
 カクテルを入れてシャカシャカ振るやつがあるなら、先にテキーラとライムを振って混ぜておくと、柑橘の汁がアルコールにしっかり溶け込んで飲みやすくなるが、マリアッチにそんな暇はあるまい。

http://jerryjamesstone.com/recipe/frosty-mexican-bulldog-margarita/

 予定としてはこういう感じになるが、おれは明日諸般の事情で血液検査を行わなければならないので飲酒ができない。だから写真が用意できなかった。
ちなみにこの写真ではオレンジとグラン・マルニエ(リキュールの一種だ)も加えて混ぜている。



真の男の酒は一つではない

 ここまで書いてきたが、おれが普段愛飲するカクテルはデスペラードではない。
 おれはクバ・リブレを飲む。
 クバ・リブレはコーラとライムとキューバ・ラムを混ぜたカクテルだ。見た目は茶褐色で、長めのグラスに氷ととモモに入れるとちょうどウーロン茶のような雰囲気になるので、飲酒していないよう見せかけるのに適したカクテルだ。
 ラムはマリアッチと縁遠い酒ではない。マリアッチの歌に出てくる「アグアルディエンテ」はラムの原型になったサトウキビ酒であり、中南米で愛飲される酒だ。
 クバ・リブレを飲んだとしても、メキシコの熱い風が心を吹き抜けるわけではない。だが、迫り来るキャピタリズムと風に揺れるエスニシティの危ういバランスは、このカクテルに緊張感を与えている。そして、このカクテルには港街の潮風と熱気と広がる青空が詰め込まれている。
 デスペラードは真の男のための映画だ。だが、真の男のための映画は一本だけではない。デスペラードは真の男のための酒だ。だが、真の男のための酒は一本だけではない。おれの言葉もおまえが自分の足で歩くための標識の一つに過ぎない。

 おまえはおまえのための酒を探せ。日本酒でも、ウイスキーでも、あるいはおれの知らない酒でも構わない。迷ったときは常に、おまえの中の野生のカンと星と月に頼れ。デスペラード(無法者)は自由だ。だからこそ自分の足で歩き、歩けなくなれば野垂れ死にする。地に倒れ伏すその時が来るまで歩み続けろ。


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