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身長なんてただの数字にすぎない

どうやって勝つか? 何を勝ち取るか? 何を証明するか? ただオリンピックの出場権を得るだけのために私たちがここにいるのだとしたら、それは浅はかすぎる……。
ーマイク・シャシェフスキー

何回か前の原稿に、FIBAワールドカップ2023をネタにして書くのはこれで最後にすると書いたけれど、あれからしばらくたっても、W杯のことが頭から離れない。というか、気づくと河村勇輝について考えてしまっている。

「あの22歳のポイントガードは一体何者だ?」と世界に衝撃を与えたW杯の興奮もさめやらぬうちに、Bリーグが開幕するや、河村は3試合連続30得点越えなんていうNBA選手みたいなことまでやってのけるんだから、彼のことを考えるなというほうが無理な話だ。

でも、正直に言うと、今の河村を数年前にはまったく想像することができなかった。高校時代、ウィンターカップでの河村を見て、世代ナンバーワンPGに間違いないとは思った。高校在学中に特別指定選手として入団した三遠ネオフェニックスでのプレーを見て、「すでにBリーグで通用してる!」と驚いた。だけどそのとき、彼が数年後、日本代表のスタメンPGになるとは思ってもみなかった。
なぜなら、彼は身長が172cmしかなかったからだ。

私はバスケットボール男子日本代表が世界と戦うためにはサイズアップが不可欠だと思っていた。それはPGというポジションにおいても例外ではない。そもそも、男子日本代表のPGといえば、佐古賢一(179cm)や長谷川誠(186cm)がまず思い浮かぶ。最低でも180cm以上はほしいし、中学・高校時代から高身長PGを育成していけば、今後は190cm超のPGも日本に現れるだろう。そういった”世界基準”の身長を持った選手が、これからの日本代表に選ばれていくのだろうと思っていた。
一方、身長が172cmしかない河村は、国内リーグでは通用しても、世界の強豪国と国際大会を戦うのは厳しいだろうと思っていた。

けれど、今回のW杯での彼の活躍を見ると、その考えは改めざるを得ない。

そんなわけで、W杯以降、あらためて身長について考えていて、ふと、そういえば最近のNBA選手は以前に比べて各ポジションの身長が低くなった気がするなと思う。
たとえば、パワーフォワードといえば、昔は208cmとか206cmの選手がプレーするポジションだと思っていたけれど、最近のNBAでは201cmとか198cmの選手が普通にPFのポジションでプレーしている。
そこで、NBA選手の身長に関するデータが載っているサイトを探してみると、下の記事が大変参考になった。

2022年に書かれた記事だが、1952年から2022年までのNBA選手の身長と体重の推移が各ポジションごとにグラフ化されていて、とてもわかりやすい。

この記事によると、1952年のNBA選手の平均身長は193cmだったが、それから右肩上がりに上昇して、1987年にピーク(201cm)に達し、その後はわずかに低下して、2022年現在の平均身長は198cmであるという。

なお、近年平均身長が低下しているのは、2019/20シーズンから、シューズなしの実際の身長を提出することが義務付けられたためらしい。つまり、それ以前はかなりサバを読んでいたということだ。

(余談だけれど、これを読んで、NBA選手が最も大型化していた時代に、公称198cmながら実際は193cm程度しかなかったと言われる身長でNBAのゴール下を支配していたチャールズ・バークレーは、どれだけずば抜けた技術と身体能力を持っていたのか……と、改めてそのすごさを感じた。)

とにかく、なんとなく感じていた、最近のNBA選手は昔より身長が低くなったという印象はデータによっても裏付けられ、その理由もある程度納得できた。

たとえば、上の記事では、「パワーフォワードはおそらく現代のNBAで最も変化したポジションだろう」と書かれている。

かつてのPFは、リバウンドを争ったり、ポストアップして得点したりする大きくて強いローポストの選手だったが、ダーク・ノビツキーのような選手がゲームを完全に変えた。現在、パワーフォワードは多くの3ポイントを打ってフロアを広げ、ペリメーターでプレーメーカーとしてふるまう。

このPFのプレースタイルの変化が、近年の平均身長の変化に反映されているという。

ちなみに、平均身長の伸びは1987年に止まったが、平均体重は2011年にピーク(100kg)を迎えるまで増加し続けた。それはNBAがよりアスレチックでパワフルになり、筋肉が必要になったからだが、現在はバスケットボールがより速く、ペリメーター指向になったことで、逆に体重は減少傾向にあるという(2022年の平均は97kg)。

また、2022年の各ポジションの平均身長は以下の通りである。

PG: 188cm、SG: 196cm、SF: 198cm、PF: 203cm、C: 208cm

なお、この記事では、2021/22シーズンにおけるPGの最も一般的な身長は185cm(例として、トレイ・ヤング、ダリアス・ガーランド、フレッド・バンブリートなど)であるが、PGというポジションはサイズではなく選手の才能によって決まるように感じると書かれている。 マジック・ジョンソン(206cm)のようにパワーフォワードのサイズを持つ選手でもPGの才能があれば、PGとして起用される。 このポジションでは、サイズどうこうよりも、バスケットボールIQとゲームの理解の方がはるかに重要だという。

また別記事になるが、下の記事にはこう書かれている。

NBA選手の平均身長は1987年のピークを超えていない……これは、NBAがもはや選手の身長だけを重視しているわけではないことを示している。 代わりに、スカウトはバスケットボールIQやコート上でのさまざまなスキルなど、他の側面により注意を払うようになった。 ドラフトされる条件はポジションによって変わるが、身長はもはや主要な要素ではない。

現代のバスケットボールは、他の何よりもスキルを奨励し、優先するようになった。これにより、バスケットボールの試合は観戦するのがさらに楽しく、エキサイティングなものになっている。

このNBAのポジション別平均身長をBリーグと比較したくなって探してみたところ、Bリーグのポジション別平均身長が記載されたサイトは見つけることができなかった(もしかしたらどこかにあるのかもしれないが)。そこで独自に計算してみることにしたが、多くの選手が PG/SG や、SF/PF のように複数のポジションで登録されているため、ポジションの規定が難しい。その時々のコートに出ている5人のバランスによってポジションが変わるため、選手とポジションを一対一で対応させることは不可能だ。

そこで、2023/24シーズン開幕戦のスタメン5人を5つのポジションに当てはめて、B1所属の24チームの平均値を出すことにした。
サンプルとしては5人×24チームで120人分にしかならないが、別に正確なデータがほしいわけではなく、おおよその感覚をつかみたいだけなので、これで十分だろう。
そうやって計算したB1所属チームのスタメン5人の平均身長は以下のとおりである。

PG: 178cm、SG: 186cm、SF: 195cm、PF: 203cm、C: 208cm

さらに、FIBAワールドカップ2023の参加国から日本を除いた31カ国のポジョション別平均身長も、同じ方法で算出してみる。(W杯初戦の各国のスターティング5を5つのポジションに当てはめて、31カ国のポジション別平均身長を計算する)
するとW杯参加国の平均(ただし日本は除く)はこうなる。

PG: 189cm、SG: 193cm、SF: 199cm、PF: 205cm、C: 210cm

なお、日本代表のW杯最終戦(カーボベルデ戦)のスターティング5の身長はこうだ。(河村がスタメンの試合にしたかったので、初戦ではなくカーボベルデ戦を選んだ)

PG(河村): 172cm、SG(比江島): 191cm、SF(馬場): 195cm、PF(渡邊): 206cm、C(ホーキンソン): 208cm

以上、B1平均、NBA平均、W杯参加国平均、日本代表(カーボベルデ戦スタメン)のポジション別身長を表にまとめると、以下のようになる。

$$
\begin{array}{|c|c|c|c|c|} \hline
\text{} & \text{ B1 } & \text{NBA} & \text{ WC } & \text{JPN} \\ \hline
\text{PG} & \text{178} & \text{188} & \text{189} & \text{172} \\ \hline
\text{SG} & \text{186} & \text{196} & \text{193} & \text{191} \\ \hline
\text{SF} & \text{195} & \text{198} & \text{199} & \text{195} \\ \hline
\text{PF} & \text{203} & \text{203} & \text{205} & \text{206} \\ \hline
\text{C} & \text{208} & \text{208} & \text{210} & \text{208} \\ \hline
\end{array}
$$

このデータから何か見えてくるものがないか考えてみる。

まず、W杯における日本代表のスタメン5人とW杯参加国の平均身長を比較すると、PG以外はほぼ遜色ないことがわかる。
そして河村のスタッツを見れば、PGのポジションで日本がアドバンテージを得ていたことは明らかだ。

したがって、このデータからもW杯で見えた日本代表の課題は高さではないと言えるかもしれない。(佐々木クリス氏のYouTube配信で紹介されていたデータをもとに『アカツキジャパンのレガシー』で触れたように、3ポイントシュート成功率(31.3%)に見られるシュートの精度だったり、ターンオーバー率(15.8%)に現れているハンドリングやパスの精度(およびその判断の精度)のほうが大きな課題であると言うことができるかもしれない。)

次にB1の平均身長をNBAと比較してみると、外国籍選手の多いC、PF、SFのポジションは両リーグでほぼ同じ(繰り返すがB1は各チームのスタメンに限っての値)だが、日本人選手が大半を占めるPG、SGは、NBAよりB1の方が10cm低い。

このB1の平均身長、PG: 178cm、SG: 186cmという数値と、NBAで1987年以降選手の大型化が止まったことを念頭に置いて、他の競技を見てみよう。

たとえばバレーボール。
身体接触がほとんどなく、バスケ以上に身長が重要に思えるバレーボールでは、ナショナルチームに選ばれるような選手は大型化の一途をたどるものだと以前の私は思っていた。そうじゃないと、国際試合では戦えない。
1990年代には日本代表に身長2mを越えるウイングスパイカーが現れ、2000年代には190cm台の大型セッターが代表入りして、今後はそれくらいの身長がスタンダードになっていくものだと思っていた。

ところが、2023年のバレーボール男子日本代表を見るとどうだろう。
西田有志(187cm)、髙橋藍(188cm)、関田誠大(175cm)といった選手たちがスタメンに名を連ねている。180cm台のウイングスパイカーや170cm台のセッターは、21世紀にはスタメンどころか代表入りすらできなくなるだろうと思っていたものだが……。
こうして見ると、NBA同様にバレーボール界でも「もはや選手の身長だけを重視しているわけではない」のかもしれない。

次にサッカー男子日本代表の身長について考える。
過去を振り返ってみると、定期的に190cmを越える大型ストライカーが現れては、将来の日本代表を背負って立つ逸材だと期待されてきた歴史があるが、これまで190cm超の大型フォワードが日本代表に定着できたことは一度もない。それどころか、185cm以上のフォワードすら、1990年代に代表の常連だった高木琢也(188cm)以降は名前が思い浮かばない。

また、フィールドプレーヤーの中で最も身長が重視されるセンターバックにしても近年主力を担ってきたのは、吉田麻也(189cm)、冨安健洋(187cm)、板倉滉(186cm)といった身長190cm未満の選手たちであり、最もテクニックがある選手(サッカーが上手いとされる選手)の身長は、三笘薫(178cm)、久保建英(173cm)など今でも170cm台の選手が多い(身長はJFA公式サイトより)。

プロ野球の場合はどうか?
近年、セ・パ両リーグの本塁打ランキングでトップ5に入る大型スラッガーをあげると、岡本和真(186cm)、村上宗隆(188cm)、柳田悠岐(188cm)、佐藤輝明(187cm)らである(もちろん、もっと身長の低い選手もトップ5に入っているが、ここでは大型選手のみ名前をあげている)。
昔からプロ野球では長身の選手は大成しないと言われてきたが、今でも大谷翔平(193cm)のような選手はレアケースで、190cm以上の選手は(ハーフの選手は例外として)投手にしろ野手にしろ育成するのが難しい。

また、スピードや肩の強さなどの身体能力と野球センスが最も要求される(一番野球が上手い選手がつとめる)守備位置であるショートについて見てみると、プロ野球12球団のレギュラーショートの平均身長は、177cmである。

もちろん、競技によって選手の身長がパフォーマンスに与える影響は異なるので、バスケやバレー選手と野球やサッカー選手の身長を一概に比較できるわけではないが、バスケでもPG・SGというポジションに限っていえば、他競技で主力となっている選手たちと身長にそれほど差があるわけではない。

こうしてみると、B1のPGとSGの平均身長である178cmと186cmあたりに、スピードやジャンプ力、クイックネス、パワーといった身体能力と、コーディネーション能力(身体の操作性や空間認知)の日本人における黄金比、パフォーマンスを最大化させる二大極点(どの能力を重視するかによって極点が移動する)があるのかもしれないと思ったりする。
(もしこの仮説が正しいとすると、190cmを越える長身の日本人選手は、判断力やバスケIQを高めていくべき、そこで勝負していくべきなのかもしれない。判断力やバスケIQには身長は関係ないからだ。およそ10年ほど前にNBAでPFのプレースタイルが変化したように、多くの3ポイントを打ち、ペリメーターでプレーメーカーとしてふるまう日本人ビッグマンの誕生を期待したい。)

おそらく、身長と身体能力の相関についてはスポーツ科学の分野でさんざん研究されているだろうし、本当はもっと統計的な分析がされた論文などを参照すべきなのだろうけれど、とりあえずざっくりと今のスポーツ界を俯瞰してみて、バスケ選手も、なんでもかんでもサイズアップすればいいってものではないのかもしれないなと思った。

つまり、こういうことだ。

バスケットにおいて身長が高いことは才能だ。だがそれは才能の一つにすぎない。

こんなことは、今年のワールドカップを見るまでは絶対に言えなかった。それまでの私は、バスケットでは高身長こそ正義だと思っていたから……。

あのW杯で印象的なシーンがある。

1次ラウンド第2戦のフィンランド戦、第4クォーター。
身長172cmの河村勇輝はフィンランド代表の最長身選手、213cmのラウリ・マルカネンに二度、1対1を挑んだ。

一度目、マルカネンと対峙した河村は彼の正面から3ポイントシュートを放つと、ボールはブロックに跳んだマルカネンの指先をすり抜けて、リングに吸い込まれた。

二度目、今度は距離を詰めて守ってくるマルカネンを一気にドライブで抜き去ると、河村はペイント内でもう一人のディフェンスを引きつけ、ノーマークになったホーキンソンにアシストパスを通した。

その勝負は、二回とも河村の勝ちだった。
だが、あの時、どうして彼はマルカネンとの1対1にこだわったのか……?

かつて、まだA代表デビューを果たす前に、彼はこう語ったことがある。

「将来、日本代表のPGとして、オリンピックや世界選手権に出場し、小さくても活躍できる事を世界中のたくさんの方々に証明したい……」

河村とマルカネンの1オン1は、ベネズエラ戦の比江島タイムと並ぶW杯の個人的ハイライトだ。
自分より40cm以上身長が高い相手に真っ向から勝負した彼は、そこで見事なまでに証明してみせた。

身長なんてただの数字にすぎない。

あのとき、マルカネンに1対1を挑むことで、彼はそれを私たちに証明してくれたんだと思う。


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