バスケットボールへの狂おしい愛 〜ラブ・レター・フロム・カナダ〜
コートに書かれたメッセージ
2023年6月、ブリティッシュコロンビア州ビクトリア
バスケットボール女子日本代表は、およそ一ヶ月後に迫ったFIBA女子アジアカップへ向けたチーム強化のためカナダ遠征を実施した。そしてカナダ代表とのエキシビションゲームが組まれたが、試合が行われたセーブ・オン・フーズ記念センターのコートには、カナダバスケットボール協会のロゴ、取材に入っているファイスティ・メディア社のロゴと並んで、奇妙な言葉がペイントされていた。
「MAD LOVE」
バスケットボールという競技、しかも国を代表するチーム同士による試合を行うコートには、およそ場違いに思われるその言葉。「MAD LOVE」とはいったい何なのか? その意味するところを探ろうとカナダバスケットボール協会のホームページを訪れる人は、いきなり以下の謎めいた文章に出くわすことになる。
「もし彼女を止められないならば、マッド・ラブも止められない」
そんな謎めいた言葉から、カナダバスケットボール協会による「マッド・ラブ」の紹介は始まる。
「マッド・ラブ」のはじまり
2021年3月、オンタリオ州トロント
1904年にニューヨークで行われた婦人参政権を求めるデモを記念して、国連によって制定された「国際女性デー」である3月8日、トロントに本拠を置くカナダバスケットボール協会は、バスケットボールおよびその他の競技における女性アスリートへの意識を高め劇的な変化を促すソーシャルキャンペーン「マッド・ラブ」を立ち上げた。2021年のことである。
「マッド・ラブ」キャンペーンの第一段として、女子バスケットボール代表の選手たちが若いころの自分に宛てて書いた手紙が公開された。それは、その年の夏に延期された東京オリンピック2020へ向けて、“女子” バスケットボールに対するカナダ国民の認識を変え、またスポーツ界における女性への偏見を取り除こうとする挑戦だった。
そのうちの一枚、WNBAのミネソタ・リンクスに所属し、16歳のときに史上最年少でカナダ代表に選出された経歴を持つ、ナタリー・アチョンワの手紙を紹介する。
カナダバスケットボール協会の会長、グレン・グランワルドは「マッド・ラブは、大きな夢や、乗り越えられないように思える目標を持つすべての人を勇気づける」と語る。
「このキャンペーンは、女子代表チームのスター選手たちを称えるだけでなく、コートの内外でこの国の次世代の女性リーダーたちを鼓舞し、彼女たち一人ひとりが果たす重要な役割を評価するものであると私たちは考えています」
「私たちがやっていることを実際にできる人はほとんどいないの」というナタリーの言葉はどれだけの女性アスリートや女性コーチ、それだけでなく社会のあらゆる場所で「重要な役割」を果たしている女性たちを勇気づけることだろう。
現在30歳のナタリーはこうも言っている。
「私たちが育った当時、女子バスケットボールはそれほど普及していませんでした。テレビでは放送されなかったので、それを見ることもできなかった。だから私はWNBAの存在すら知りませんでした。そして、私が(16歳の若さで)カナダ代表チームに参加したとき初めて、この競技における女性のロールモデルを見つけることができました。そのチームで一緒にプレーする大人の女性たちは、私を導きこの競技を私に教えてくれた人たちであり、彼女たちは当時の私のヒーローでした」
そして彼女は現在、WNBAでプレーする4人のカナダ人のうちのひとりとなった。
「私たちWNBAでプレーする選手の誰かが、次世代のカナダ人に自分も私のようになれるかもしれない、ブリジット・カールトンやキア・ナースのようになれるかもしれないという希望を与えるはずですし、そのメンタリティを持ち続けることによって、そこに到達することができるのです」
「私は今の子供たちにとても興奮し、ワクワクしています。 時には最近の子供たちに与えられている機会の多さに嫉妬してしまうこともありますが。でも、私はいつも、それは砂の上に残る足跡だと言っているんです。私たちがやろうとしているのは、私たちの後に来る人たちのために道をつくることです。 だから私は今の子供たちにとてもワクワクしているんです」
ルールを変える時が来ています
カナダバスケットボール協会のホームページには歴史も記されている。
そして「マッド・ラブ」は次のように定義される。
北米唯一のプロリーグであるWNBAには12チームと144人のロスター枠しかない。選手たちは平凡な給料を稼ぎ、定期便の飛行機に乗り、質素なホテルに泊まり、報道の機会も少ない。ハイレベルの男性バスケット選手はスポーツに時間を投資すれば、NBA、CEBL(カナダのプロバスケットボールリーグ)、または海外でまともなキャリアを築くことができる可能性が高いけれど、女性には同じような雇用の安定はない。そのため、多くのカナダ人女性がスポーツから離れ、代わりに学業や他のキャリアに集中するようになった。
カナダでは、9歳から11歳の女子と15歳から18歳の女子のスポーツへの参加率には22%の低下が見られるという。
WNBAのオールスター選手でカナダ代表チームのメンバーであるキア・ナースは語る。
「偉大な女性アスリートたちは、熱狂的な愛によって逆境に耐え、信念を持って彼女たちの置かれた状況を乗り越えてきました。ですが、すべての女性プロアスリートに言えることですが、多くの女性は公正な試合をする平等な機会を得ることができていません。競技を愛するすべての女性が偏見、不公平、不平等なしにプレーできるように、ルールを変える時が来ています」
トロント・ラプターズのマサイ・ウジリ社長は言う。
「私たちは、カナダバスケットボール協会と提携して、才能があり献身的な女性たちのマッド・ラブを称え、そして同時に、すべての若い少女たちに夢を追うように促すことを誇りに思います」
(ラプターズの試合の放送中に繰り返し流れた「マッド・ラブ」キャンペーンのCMには、「私は誰も奪い取れないものを持っている」と歌う、ニーナ・シモンの “Ain't Got No / I Got Life“ が使われている。)
さらにカナダバスケットボール協会はこう呼びかける。
と、サイト訪問者からの寄付を募った後に、「マッド・ラブ」キャンペーンを紹介するページは以下の文章で締めくくられている。
ラブ・レター・フロム・カナダ
最後に彼女たちのマッド・ラブ・レターの中から、デニス・ディグナードの手紙を紹介する。1979年の世界選手権でカナダが銅メダルを獲得したときの代表選手の一人だったデニスは、現在、カナダバスケットボール協会の女子ハイパフォーマンスディレクターを務めている。この手紙は彼女が幼いころの自分に宛てて書いたものだ。
彼女たちにどれほどの困難や逆境があったのか私たちには想像もつかない。ネット上で否定的な言動を繰り返すヘイターもいたし、男子チームには与えられる支給品がもらえないことも、男子選手が使用しているトレーニング施設を使わせてもらえないこともあった。
それでもナタリーやデニスが競技をやめずにプレーし続けられたのは、バスケットボールへの狂おしい愛があったからだ。そう語る彼女たちの手紙はカナダの子供たちに向けて、次世代のナタリーやデニスに向けて書かれている。
カナダの女子バスケットボールの前進を止めないために。
マッド・ラブを止めないために。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?