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Histoire De Zazie Films 連載⑲    わたしは、幸福(フェリシテ)、あるいは、アニエス・ヴァルダ監督との別れ

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ザジフィルムズ、栄光の(笑)31年の歴史を辿る連載も、そろそろ最終回が近くなってきましたので、お約束通りアニエス・ヴァルダ監督についてのお話の続編です。

岩波ホールが今週末から劇場を再開することになり、3月から上映中断を余儀なくされたり、4月以降に予定されていた作品を来年に公開延期にした各配給会社の旧作を、6月13日から“岩波ホールセレクション”と銘打って順次公開していくことになりました。6月6日から『わたしはダフネ』を上映予定だったうちは、7月18日から3週間の上映期間を頂きました。
さて、何を上映しましょうか?基本は“かつて岩波ホールで公開された映画”なのですが。

…で、考えていて思い至ったのは、『落穂拾い』の再上映。昨年末からの特集上映“アニエス・ヴァルダをもっと知るための3本の映画”上映の際、「『落穂拾い』をもう一度観たい」という声がSNS上で複数上がっていたので、実はチャンスをうかがっていました。権利自体は2008年にいったん切れてしまって、この間、他の会社も買っていなかったので、今回の上映のためにザジで12年ぶりに再契約を決めました。

権利自体が2008年にいったん切れてしまっていた、という事実をサラッと書きましたが、ゴダールやトリュフォーならそんなことは起こらない。現在権利を保有している会社が日本における権利を手放すことはありません。日本ではいつ劇場にかけてもそれなりにお客様は来るし、素材がアップグレードされる度にDVDやブルーレイを再発売すればそれなりに売れるので、権利が“空く”ことがほぼないのです。が、ヴァルダ監督の作品はビジネスになりにくいので、“空く”ことが多々あるのでした。日本におけるヴァルダ監督のマーケットは、残念ながら大きくはありません。だから、うちのような規模の会社がいろいろと関わってこれた、とも言えます。

なので、2017年のカンヌ映画祭のマーケットでの『顔たち、ところどころ』のヒートアップぶりは完全に予想外、というか想定外。私はいつものように呑気に、カンヌに出発する前に某劇場さんとお話をし、「じゃ、無事買付けたら、来年のこの辺りで公開しましょう」と、具体的に進めていたのです。が、しかし!カンヌに行くといつもと全然様子が違う!マーケットで行われた試写は海外のプレスも含めて大評判。2度目の試写は、その評判を聞きつけた日本人のバイヤーの方々が大勢詰めかけたのでした。結果、日本からもオファーが次々と入り、金額はどんどん上がり、ザジは完全に蚊帳の外となりました。

諦めが早いのが私の長所のひとつなので(笑)、その競争に入っていくこともなく、カンヌは終わりました。この作品に限っては、セールスをフランスの会社ではなく、アメリカの会社が扱っていた、というのも、ザジが“お呼びでない感”に覆われてしまった原因の一つとも言えます。アメリカの会社が、ヴァルダ監督との今までの実績など考慮してくれることはありません。…っていうか、あれだけオファー金額の開きが大きかったら、実績も何も意味は成さないのは当然のことでしょう(涙)。

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そして翌年のカンヌ、何とヴァルダ監督は新作の制作に入っていました。5分ほどのフッテージを見る機会を得たのですが、これがまたパーソナルな作品になりそうで、全然商売にはなりそうにありません。「今度はあんたが買いなさいよ」と言われても、こりゃムリだよなぁ、と躊躇って生返事をしているうちに翌年2月のベルリンでお披露目。
で、観てみたらこれが滅法面白い。やっぱりヴァルダさんは上手い。しかしながら、その『アニエスによるヴァルダ』は、ヴァルダ監督を知らない人に興味を持ってもらうには、非常にハードルの高い映画であることに変わりはありません。知らない人が観ても、充分に面白いのだけれど...。考えた挙句、私は長編劇映画デビュー作の『ラ・ポワント・クールト』と、ドキュメンタリーの傑作『ダゲール街の人々』という日本で正式に劇場公開されたことのない2本と併せて、3本で上映する方法を思いつきました。題して“アニエス・ヴァルダをもっと知るための3本の映画”。

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2月のベルリンでオファーし、権利元(今回はフランスのMK2)に「安過ぎる」と言われて(笑)、時間をかけて交渉しているうちに3月。香港のフィルマートで再交渉して、日本に戻って数日後、やっと先方が折れて契約は成立しました。そしてその3日後、ヴァルダさんが突然逝ってしまいました。結果的に、まるで追悼企画として最初から考えていたみたいになってしまいましたが、まったくそんなつもりはなかったので驚きました。
あれ?ヴァルダ監督との生前のエピソードを書き足そうと思って続編の回を作ったのに、思いがけず買付けの話に終始してしまいました。

ヴァルダ監督と最後に話をしたのは、一昨年のカンヌの後、パリに寄って事務所に誕生日のお花を届けた時。パソコンの文字の級数をめちゃめちゃデカくして何やらメールを書いていました。帰り際、事務所の前は道路工事中で、コールタールを新しく敷いている最中でした。
現場で作業していたおじさんにヴァルダ監督が何やら言うと、おじさんは「ノン、ノン!」と顔を赤くして言いました。フランス語でのやり取りでしたが、想像はつきました。ヴァルダ監督は、そのコールタールに「私の手形を押してもいいか?」と聞いていたのでした。

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