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三秒もどせる手持ち時計(2章9話:事実の先)

9.事実の先

 柚葉ゆずはは、小さなポーチを持って部屋に入って来た。そして、大きく呼吸をし、秀次の前に腰を掛けた。その表情は、神妙や不安ではなく、緊張の一種のような気がした。
「では、柚葉さん。今日の19時から21時はどこで何をしていましたか?」
 北村涼が問う。
「今日は、花火が始まる七時半までは、桜子姉さんとか、こちらの秋山さんや真田さんと一緒にいました」
 秀次も、概ねそうだろうと思った。
「それから、私の部屋で桜子姉さんと秋山さん、真田さんと花火を見て、三人が戻った後も一人で花火を見ていました。そして、凛さんが呼びに来るまで、録画した花火をもう一度見ていました」
 柚葉は、そこまで一息で言うと、軽く息を吸った。
「なるほどですね。桜子さん達は、いつ戻りましたか?」
 涼は、話を続ける。
「八時前です」
 柚葉がそう言うと、涼は秀次を見た。
「概ね間違いありません」
 秀次が答える。
「では、八時から九時までの間は一人でいた。つまり、それを証明する人はいないと」
「そうなります」
 柚葉は、やや俯いて答えた。
「であれば、二階にある柚葉さんの部屋から倉庫に行き、そして離れに向かうことも時間的に可能ですね」
 涼が、畳みかける。秀次は、その様子に違和感を覚えた。愛葉心あいばしんの時とは違い、なぜ、こんなに責め立てるのか。
「待ってください。柚葉さんは、倉庫の鍵を持っていないはず。であれば、そもそも『鶴と水面』を取り出すことができないのでは?」
 秀次は、すかさず疑問を投げかける。
「それは、凛さんなどに頼めば、出来なくはないでしょう」
 涼は、強い口調で言う。
(不可解ですね。なぜ、北村さんは愛葉さんの時と違って、こんなに責め立てるのでしょうか?)
(わからない。でも、もうしばらく流れに任せた方がいいかもしれない)
(同感です。しばらく、観察しましょう)
「いやでも、私はずっと部屋にいました。その証拠は、動画にあります」
 すると、柚葉はポーチからビデオカメラを取り出し、花火の動画を倍速再生し始めた。
 その映像は、今日の18時50分から始まる。この時間は、まだ花火大会が始まっておらず、画面の左端に離れ、下側に庭があり、上方と右側には夜空が映し出されていた。
 すると、19時6分に誰かが庭に出てきた。そして、屋敷の方を向き、両手を上げて伸びをしている。
「愛葉さんですね」
 涼が言う。さらに、画像を見ていると、愛葉は離れに入り二階の電気が付いた。そして、窓を開け、何やら作業を始めているように見える。
(祥子さんは、この姿を見たのですね)
 ツクヨが、呟く。
 続きを見ると、次は複数の声が聞こえてきた。時刻は19時35分、秀次・あやめ・桜子・柚葉が花火を見に来たのだろう。その後、花火が夜空に舞った。しかし、時折、花火の上部が見切れているのが気になった。
 すると、庭から離れに向かう人影が見えた。19時47分である。その人物は、何かを持っているようにも見えた。そして、柚葉の声で微かに「京子さん」という声が聞こえた。離れの二階では、相も変わらず愛葉が作業をしている。
「そうそう、この時、京子さんが通ったんですよ」
 柚葉が、秀次の方を見て言った。
「…確かに、誰かが通りましたね。しかし、俺には京子さんかどうかは分かりませんでした。黒っぽい服なら…例えば、凛さんでも成り立ちますし」
 秀次は、あの時の不自然さを思い出した。花火に気を取られて、全く気にしてはいなかったが。
「いや、よく見てください。この白い髪飾り。これは、京子さんが付けていたものに似ていません?」
「確かに、そうだ。京子さんは、先ほども白い髪飾りを付けていました」
 秀次は、涼の方を見た。そして、再び画面に目を落とした。すると、19時52分に白い髪飾りをつけた人物が、離れから屋敷に向かっていく様子が映っていた。
 その後の映像は、右側には花火、離れには愛葉心の作業風景が映し出されており、庭には誰一人として通っていなかった。
 そして、21時9分。凛と祥子を先頭に続々と離れに入っていき、録画が終了した。
「涼さん。これで、私が離れに行っていないことが分かったんじゃないですか?」
 柚葉は、勢いよく言った。
「そうですね。おかげで、愛葉さんの無実と京子さんの犯人であろうことがわかりました」
「柚葉さん。ありがとうございます。他に、何か気になった点はありましたか?」
 柚葉は、涼の問いに「特にない」と答え、部屋を出ていった。そして、涼は柚葉が扉を閉めたのを見て言った。
「秋山さんも、ありがとうございました。助かりました。この後、京子さんを糾弾したいと思いますので、23時半にパーティールームに集合お願いします」
 そう言うと、涼は立ち上がった。おそらく、パーティールームで先ほどの画像を映す準備をするのだろう。
 秀次は、一旦、桜子の部屋に向かった。『逆巻き時計』と再交換をするためだ。
(ツクヨ。どう思う?話が出来過ぎてはいないか?)
 秀次は、かねてからの疑問を問う。
(同感です。予め知っていたかのような段取りの良さ。ですが、筋は通っています。しかし、私には秀次さんが第三者として一連の話を聞くために呼ばれたように思えてなりません)
 秀次も、その通りだと思った。しかし、ツクヨの言う通り筋が通っている。おそらく、『鶴と水面』を砕いたのは、京子なのだろう。しかし、それはそのように仕向けられたものではないのか?秀次には、そう思えて仕方なかった。

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