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なりたての子

 最寄駅からそんなに多くないけれど、何となく出来た人の波にのって会場に着いた。前回は、入場までにかなり並んだので覚悟していたが今回はスムーズに入場出来た。

 優しい手回しオルガン、それから青空いっぱいに広がっていくシャボン玉に迎え入れられて蚤の市会場に入る。

 物々交換の本棚と名付けられたコーナーには、ラッピングされた本に前の持ち主がその内容や感じた事などのメッセージを添えて置かれている。題名や表紙はラッピングで分からない。そこへ自分も同じく準備してきた本と心惹かれたメッセージが添えられた本を交換する。
 自分が持ってきた本2冊を置いて残されているメッセージを吟味しながら選んでいる時にふと横に気配を感じて振り返ると小さな女の子がいた。

 歳の頃は4歳ほど、ピンクの膨らんだ袖のフレアワンピースにバルーンパンツ、今時には少し珍しいエナメルのつま先がまあるい赤の靴。
 ぱっちり切れ長の二重の目と私の目が合うときゃっと本棚の影に隠れて、そろそろと顔を覗かせた。ここには絵本もあるから、親に連れられて来たこ子かしらと再び顔を覗かせたその子に笑いかけると、てとてとと駆け出して、近くの古道具を扱うお店へするりと入るなり、店主らしき女性の足に抱きついた。女性は気にかけることもなく、お客さんの相手をしている。

 ああ、小さな店員さんかと思う。時折、会計コーナーの横やお店の裏手などでお菓子を頬張っていたり、ブロック遊びをしていたり「ありがとうございました」と言ってくれる店主と共に蚤の市へ参加している子どもたち。

 再び、本選びをする。と、また気配を感じて横を見るとぴったりと寄り添うようにしゃがんだ女の子がいた。子猫が描かれた包装紙に包まれた、大きさと厚さからして絵本であろう一冊を真剣に見ている。メッセージは"かわいいがすきなこへ"
 あまりの真剣さについついお節介とだ思いながら声をかけた。小さな店員さんならちょっと暇を持て余しているだろうから。なるべく穏やかにゆっくり話すようにして。
「ねぇ、これが欲しいの?」
思いっきり頭を縦に振る仕草にふふふっと笑ってしまう。
「そうかぁ、ならね、おかあさんに聞いておいで。おねえちゃん、2つ本を持ってきたの。この絵本を一つ選ぶことにしてあなたにあげる。あのお店の子でしょう?お手伝い?偉いなぁ。だから、特別ね。おねえちゃんが交換した本を貰っていいですか?って」
おねえちゃんって歳でもないんだけれど、子どものいない私はなんて言ったらいいか分からなかった。
こくんと大きくうなづいて店へ駆けていく。母親のスカートをぐいと引っ張るとちょうどそこへ本を交換しに来た人が重なり見えなくなった。

 柔らかな肩まである髪の毛をきらきらとなびかせて戻ってきた女の子が横に立つ。
「おかあさん、いいって言っていた?」

うなづく。恥ずかしがり屋さんなんだろう。この頃の歳には知らない人と話すのはちょっと苦手な子もいるだろう。

「じゃあ、どうぞ。あとであなたのお店も見にいくね」

女の子へ包装された絵本を手渡し、自分の分は"世界を旅したいと思う人へ"と書かれた文庫本サイズ、ドライフラワー付きの本を手に取り立ち上がった。
 片手で絵本を抱えてひらひらと手を振る女の子を背に腹が減っては戦は出来ぬと食べ物コーナーへ足を向けて、ドーナツにアイスコーヒーでひと休みする。

青空。
遠くから手回しオルガンの音色。
店先の鉱物を閉じ込めたようなフルーツロップ。
色付いた楓。

 さぁっと少し冷たい風に頬を撫でられたが優しい暖かな香りに包まれる。

 さてと、お目当ての品は決めていないが、物欲はむくむくと沸いている。"これだ"というものを探しに歩き回ろう。

 あちこち冷やかして、並べられたグラスや藁の入ったテディベア、アンティークビーズの写真を撮る。

幼稚園の椅子、アンティークの洒落た椅子。
シャンデリアのパーツ。
ビンテージポスターは林檎の広告。
古い洋書。植物標本の絵。
ドライフラワー、多肉植物。

 あの子の店へ戻ってきた。さっきの女性ではなくて別の明るい髪色の女性が店番をしている。ここで福助のブリキのプレートが付いた薬箱の引き出しを見つけて買うことにした。
 女の子が何処に行ったのか、選んだ本は気に入ったのかを知りたかったが聞くのは恩着せがましい気がしてお会計をして次の場所へ向う。

 中古のカメラを多数扱う店で足を止める。ディスプレイ用だったカメラ、フィルムを入れれば実際にまだまだ現役のカメラ。値段もお財布に優しい。フィルムは帰りがけに大型量販店で扱っているだろう。
 気になったひとつを手に取ってじっくり眺めてから「これをください」と初老の男性の店員さんへ声をかけた。

「扱い方はご存知ですか?」
「いいえ、知りません」
「後でやり方を書いた紙も差し上げますが、実際にご覧になってください。先ず、このボタンを押し上げて…」
専門用語は使わず丁寧に蓋の開け方からフィルムのセットの仕方までを教えていただく。
「…ここを覗いてピントを合わせると…」
向かい側の店にカメラを向けていた男性が「あぁ、お客さん、変な事を言うかも知れないけれどね、私はカメラや写真を扱っているから分かるんだけどね、こういった古道具なんか集まる場所、それに今日は賑やかだし、お客さんも楽しんでいるでしょう?」
急にカメラの説明から話が逸脱した。
「ええ、穏やかで良い雰囲気ですよね。何かありました?」
「古道具ってほら、付喪神っていう、知ってる?」
怪しまれないようになのか、より声音が優しくなる。戸惑いながら応える。
「ええ、何となくは…、長く大切にされてきた道具に魂が宿るとか」
「そうそう、それ。あるんだよね、時々。もしかしたら、会っているのかもしれない。ピンクのワンピースの子、ファインダーを覗くといるんだよ、お姉さんを指さして何か言ってる。怖くないから大丈夫。可愛いよ、笑顔だ」
付喪神?あの子が?4歳位の子にしか見えなかったけれど。キョロキョロと辺りを見回してもピンクのワンピースを着た子なんていない。
「ああいうモノの年齢なんて人間とは時間の過ぎ方が違うだろうから、分からないけど。もしかしたら、まだまだ付喪神としてはチビっ子かな。楽しいんだろうな、あぁ、それで撮影が終わったら…」また、カメラの使い方の説明に戻る。ちょっと、そのカメラのファインダーを覗きたい。そんな気持ちとは裏腹にカメラの扱い方を聞き、丁寧に緩衝材で包まれて紙袋に入れられたカメラを受け取った。
 その後、いそいそと梱包を解いてファインダーを覗いたら男性に「見ようって頑張ったって見えるもんじゃぁないよ」と笑われた。

 あれから、女の子には会っていない。あの店にも戻ってみたし、物々交換の本棚も確かめたけれど。私が置いた本は誰かが持ち帰ってくれたようだ。カメラのファインダーをいくら覗き込んでもあの子の姿はない。
 
 あの後、物欲に負けた結果の荷物にふぅふぅ言いながら立ち寄った家電量販店でフィルムを買って期待しながら写真を撮ったけれど結果は同じく。

 次回、また逢えるかもしれない。今度は可愛い猫の絵本もラッピングして持って行こうと思う。

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