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【創作BL小説】箱庭の僕ら 13話 


光は渡された名刺に目を落とした。
白の背景に観葉植物の葉っぱ、緑の文字で「窓の杜クリニック、医院長、渋谷大宙」と、書いてある。

「医者か、なるほど手際が良いわけだ。しぶやだいちゅう?変わった名前だな。」
フラフラとした足取りで部屋に戻り、丁寧に引き出しに名刺をしまい、ベッドに横になる。

しかし、さっきは本当に怖かった。死ぬかと思った。体はどこも悪くないから、精神的なものなのだろう。パニック発作、知ってはいたけど、これほどの恐怖だとは…外に出られなくなるわけだ。

今までもふとした瞬間に息苦しくなる事はあったが、直接的に義父との出来事を突然思い出すと、こんなひどい発作が起きてしまうんだな…

自分の斜め右あたりから、ベッドに横になってる自分を冷静に観察しているもうひとりの自分がいるような奇妙な感覚に包まれた…まぁいつものことだ。

とにかく、今日はシャワーを浴びて早く寝てしまおう。そして、調子が良くなったら、ハンカチを洗濯して、アイロンをかけて、しぶやだいちゅう先生に返しに行こう。あ、一応新しいハンカチもお礼として持っていこう。 

だいちゅう先生のことを考えていると、ふわふわと安心感が体を覆ってきて、あ、このまま寝られる・・・とうっすら思ったことは覚えている、そのまま光は深い眠りに落ちて行った。


【箱庭にいる善は相変わらず何も変わらない】

光のいない学校生活は、忙しいのに退屈だった。いつも美智がまとわりついていたお陰で、女の子から告白されることもなく、平穏な日々が続いていた。どんなに可愛い子に告白されたって、どーせ罪の人と付き合うなんて出来ないんだ。

俺は結果的に美智を女除けに利用していただけで、美智を拒否することもしなかったが、気持ちに応えることもしなかった。

俺に好きな子がいないなら、「頑張ってわたしを好きにしてみせる!」とか言ってたけど、実際、光のことを忘れられない俺にとって、美智の頑張りは、面倒くさいだけだった。

いくら頑張ったって、努力して人を好きになんてなれないだろ?頑張りに対して気持ちに応えてほしいという美智の圧力は、日々負担になるだけだった。

だが、俺はズルかった。明確な拒絶は美智を含め、両家族も悲しませることになるのをわかっていたから、しばらく先送りにして問題を考えないようにしていた。

美智は肌の手入れやヘアスタイルを研究し、ダイエットして、ますますキレイになっていき、俺には手作りのお弁当やお菓子を頻繁に持ってきたりした。

周りのみんなは当然二人は付き合っていると思っていたし、美智も婚約してるというような事を匂わせているらしい。
でも実際は婚約なんてしていないわけで、物心付いてから、手だって握ったこともない。他人にどう思われていようが別に関係ない。俺は否定も肯定もあえてしなかった。

どーせ、俺が大人になる頃には、ここにいる人たちとの交流は途絶えているはずだ。
なんたって、俺は組織の中の人間だ。罪の人と必要以上に仲良くすることは出来ない立場だからね。
成人式も行けないし、今、「友達」として仲良くしているやつらの結婚式なんかにも行けないだろう。そういう宗教なんだ。
俺はもう抜け出せない、この箱庭の中で生きていくしかないんだ。
幼い時からそういうことを言われてきたから、何事も最初から諦めてしまっていた事は多かった。
未練も後悔もそんなに無かったけど、ただ光と関係を切ったことだけは、本当に悲しく辛く、いつまでも割り切ることが出来なかった。
同性を好きになった罪悪感に駆られながらも、光のことは毎日思い出したし、光と一緒に撮った写真は、今でも大切にしている。

一緒に過ごしたあの数年の思い出は、宝物だし、忘れることなんか多分一生出来ないだろう。だって今でも何かあれば、高台のあの公園に行って心の中の光と話をしているんだ。
自分から関係を絶っておいて女々しいよな、そして滑稽だ。

「俺は、結婚なんてきっと出来ないだろうな」ひとり言が口からこぼれた。光より好きになれる女性なんて現れるんだろうか、光へのこの気持ちは、思春期の一時的な気持ちの昂ぶりってだけなんだろうか。そうであってほしい、そうであってほしくない…頭の中がグルグルして、自分の気持ちが本当によくわからなくなるんだ。


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