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〈マレーシア紀行2〉賭博破戒録クアラルンプール

〈CHAPTER2〉 絶望の城

 窓の外を流れる異国の街並み。
 タクシーの中で、二人との会話は弾んだ。「ニホン人はいい人が多いから好きだ」と言う。
 やはり旅は良い。こういう出会いがある。
 ひょんなきっかけから思いがけない方向に転がるのが、人生の醍醐味だ。

 タクシーが停まったのは、おばちゃんたちの家。
 「お邪魔しまーす」
 私の声を聞きつけて、中から子供たちが走ってくる。奥では、お姉さんやらおじいちゃんが笑顔でウエルカム。
 イッツ・マレーシアン・スマイル!
 早速、みんなで写真を撮ろうとすると、おじいちゃんがダメだと言う。
 ムスリムの戒律で、屋内では写真を撮れないそうだ。ずいぶん現代的な戒律だが、郷に入っては郷に従えだ。

 ソファでくつろぎ、みんなでサッカー中継を眺めながら談笑し、お姉さんが出してくれた、やたらと甘ったるいコーヒーを飲み干した頃、おじいちゃんが言った。
 「実は昔、私はラスヴェガスでカジノのディーラーをやっていたんだ」 
 「え! すごいやん!!」
 道理で少しダンディな雰囲気がある。
 「ヴェガスだけじゃない。香港、マカオ、上海、イタリア、メキシコ・・・・・・いろんな所でやっていたんだよ。でも日本ではやってないな。カジノが無いからね」
 「そうなんだね」
 「せっかく友達になったんだから、君にブラック・ジャックで100%勝てる方法を教えてあげよう!
 そんなもん教えてもらっても使う機会は無いのだが、目の前の老人を喜ばせてあげたくて、少し大袈裟に嬉しがってみせた。

 旅先での素敵な出会いは、人生の豊かさを思い出させてくれる。
 私は運がいいのか、どの国を旅しても、必ず異邦人を家族のように迎え入れてくれる友達に出会ってきた。
 一期一会を満喫していた私は、この時、既に自分がヌラリとした触手にからめとられつつあることに、気付いてはいなかった。
 「よし!じゃあ、2階に行こう!」
 おじいちゃんとおばちゃんが立ち上がった。子供たちは、リビングに残るようだ。階段をのぼり、個室に入る。
 白くのっぺりした壁。天井からぶら下がった白熱球と、薄っぺらい笠。中央には、布を被せたテーブルがある。
 さっきまで団欒していたリビングとは打って変わり、独特の張りつめた雰囲気があった。
 
 テーブルの布をめくると、麻雀卓。鮮やかなグリーンの羅紗がやけに目を引いた。
 さすが元ディーラー。おじいちゃんのカードさばきは堂に入っている。この技術で各国を渡り歩いたのだ。見とれていた私に彼は、トリックの説明を始める。
 「まず、こちらの伏せたカードの中身を知るには・・・・」
 それは通し(サイン)の説明だった。
 手品のようにカードを操るテクニックを教えてもらえると思っていた私は、いささか落胆したが続けて話を聞いた。
 旅での出会いは大切にしたい。

 ひと通り話を聞いた後、ままごとみたいなイカサマブラック・ジャックの練習。
 「こんな練習でおじいちゃんとサイン交換の精度を上げても、使う日など来ないんだよなあ」と思いながらも、そんなことに気づかないお年寄りが可愛いらしくて目を細めた。
 「君はスジがいいぞ!」
 無邪気に喜ぶおじいちゃん。
 難しいことはしていないのだが、相手も気を遣ってくれているのかもしれない。
 それにしても嬉しそうだ。なんだか良いことをした気分になる。

 マレーシアに自分が来るなんて、3年前は想像もしていなかった。
 訪問販売で客に蔑まれ、友達に「辞めろ」と言われ、親に泣かれ、それでも頑張れば金持ちになれると信じていた。
 東京の片隅、家賃1万3千円、風呂無しトイレ共同のかび臭いコーポで起居し、月収5万円で野心を燃やしつづけた。
 訪問販売では金持ちになれないと勘づいても、自分で張った意地から、もう引き返せなかった。
 「金持ちになれば、クズじゃなくなる。彼女に見合う男になれる」と思っていたが、とうとう金持ちにはなられなかった。
 頭蓋骨骨折、脳挫傷、余命3日。交通事故に遭って、私は訪問販売のステージから強制退場させられた。
 3日で死ぬはずが生き延びて、金持ちになるのをあきらめて、サラリーマンになって、訪問販売の経験が活きて、営業日本一になって、彼女に会わす顔ができた気になって、勝手なかつての自分は変わったと思えて、今ここにいる。

 おじいちゃんが笑顔で切り出した。
 「昨日、私はブルネイ人と麻雀をしたんだ。」
 「ブルネイ人って、めっちゃお金を持ってるんちゃうの?」
 金持ちの国として有名だ。
 「そう。でも奴はケチなんだ。麻雀で5000ドルも勝ったくせに、散々俺の家で飲み食いしやがって。」
 「嫌な奴やなぁ」
 「そうなんだよ。だから奴にリベンジしたいんだが手伝ってくれないか
 「ん? リベンジ?」
       ざわ・・・・
                 ざわ・・・・
 使うはずがないはずだったはずの、連係プレーの真価が、にわかに問われはじめた。

(つづく)


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