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連れ去られた娘を連れ戻したら、警察が「民事介入」してきた。

■1
「子供を連れ戻すことは、犯罪になりますか?」
「私の立場から、連れ戻しをお勧めはできませんが、親権も戸籍もあるから、犯罪にはなりませんよ」と弁護士。
「では、警察は動かないんでしょうか」
「警察は民事不介入だからね、動きません」
 子供を連れ戻せば、元妻も考えをあらためるだろう。そこから平和な家庭を再構築できるのではないか。そんなシナリオを描こうとしていた。

 その二週間後――緻密に計画し周到に準備し、みごと奪還は成功した。四歳の娘と0歳の息子をついに奪い返したのだ。
 元妻の実家から走り去る車中で、娘は「やった! やったー!」と大喜び。息子はキョトンとした目で私を見つめていた。
 「ママ、バイバーイ!」と何度も快哉を叫び、遠ざかる「軟禁場所」に向かって手を振る娘の声は、私の気持ちを明るくしてくれた。
 だが、三ヶ月ぶりの再会を喜んでいる場合ではなかった。私は、二度と戻れない道を走っているのだ。一刻も早く、この場を離れなければならない。私は東京に向かって車を走らせた。道中、娘はひっきりなしに私にくっつきたがる。
運転をする私の背中とシートの間に入って、私の背中にしがみついて離れない。
窮屈な姿勢だったが、シートを最大限まで後ろに引き、リクライニングを調整すれば、シートベルトも締められて、ちゃんと運転ができた。大人の3ヶ月と、子供の3ヶ月は長さが違う。こんな幼い子に三ヶ月も寂しい思いをさせたと思うと、涙が滲んでくる。
 娘は少しずつ、いろいろなことを話してくれた。遊びのこと、友達のこと、堰を切ったようにしゃべりちらす。
 嫌な話題だろうが、私は元妻の実家での暮らしについて尋ねてみた。元妻は、同居時代、娘に暴言を吐いたりしていたからだ。
「お母さんには、いつも怒られる。こわい顔をして壁の方までどんどんせめてくるの。おじいちゃんは叩くからいや」
 四歳の子供が、話してよいものか言葉を選んでいるのが伝わってくる。
 サービスエリアに車を停めた。娘は母とパン屋に行った。携帯電話を取り出した。運転中、何度も着信があったのだ。市外局番は新潟、末尾は「〇一一〇」。一一〇番を連想する番号だ。折返し電話すると、案の定、新潟北警察署だった。
「お父さん、今どこですか?」警察官が不躾に聞いてくる。
「何故ですか」
「お子さんは無事ですか」
「もちろん無事です。ご心配なく」
「今、どこにいるんですか」
「答えたら、どうなりますか」
「お子さんを連れ戻します」
「では、お答えできません」
 私が怯まない様子を感じ取った警察官は、口調を変えてきた。
「あのねえ、お父さん。私たちはあなたの心配なんてしてないの。ね、お母さんが心配してるのは、お子さんのことなの。お父さん、変なこと考えてない?」
 警察官は元妻から、「私が危険だ」と刷り込まれていると察した。私はつとめて穏やかに言った。
「変なことって、何ですか? 自殺ですか。だとしたら、考えていませんよ。子供たちの身が危険にさらされているので、保護したんです」
 警察官はさらに高圧的な物言いをしてくる。
「あのねえ、とにかく今、どこに居るのか言いなさい」
「言えません」
 この後、言え、言えないというやり取りを何度かくりかえし、「また電話する」と言って私は電話を切った。
 娘はパン屋をうろうろしていたが、私が電話を終えたのを見て、走り寄ってきた。
「お父さん、来て!」
「何か良いパン、あった?」
「うん!どれがおいしいか、あてるね」
 娘はパンが並ぶトレイの前で、「気をつけ」の姿勢から腰を曲げて鼻をつきだし、パンの匂いをかぐまねをしている。愛らしい娘の姿。元妻に連れ去られるまでは当然だった日常。これを問答無用で破壊した行為に対して原状回復をはかろうとする。これのなにが悪いというのか。
 子供たちを連れて、身を寄せたのは東京の親戚の家だった。

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