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汀句2〜あとがき〜

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文芸同人『汀句2』に収録されている作品別あとがき
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記事一覧

茫漠(その2)/清水改升

 『あの日』をふとした時に思い出すたび、ほとほと自分という人格に愛想が尽きる。元々とくべつ愛着を持っていたわけでもないが、かと言って蔑ろにもしていなかった。ただそこにあるモノ、程度の認知でいた。リード越しに前を歩く、犬の尻尾を眺めているような感覚に似ている。しかし、それがいけなかった。もっと注意深く観察し、絶えず注視しなければならぬのだと痛感した。尻尾の揺れは見ていたのに、そこに毛が生えている事実は見えてはいなかった。何がイケなかったのかは明白で、自分のモットーである『テキト

酔いどれ狂人の夜明け/岸暮葉

一つのまとまりを持った話を作ろうとする時、私は物語の中の出来事の因果関係を事務的に考えるがために登場人物に端的に仕事をあたえ、人物像を限定してしまうことが多い。 ある一つの思想を描くために登場人物を糸で動かし、ある一つの結果へ向かっていくために誘導してしまうような時には、その結果への道順として物語の論理が正しく成立しているかという事だけに私の心事は囚われがちになる。そういう時、書いているうちに心は離れている。 しかし多分それはあべこべで、心が乗らぬために私は論理を追いかけるの

読み込み中/左谷汀

小説の文章に詩情を立たせべきか否か。 小説の書き手としてページに向き合うさい、頭の裡にまとわりつくのはこの問題である。 立たせるべきか否か、という命題であれば、書き手それぞれの主義と嗜好が導かれるのは当然なので、もう少しこの問いを手元に引きおとしてみると、詩情が立つように書くことははたして小説にとって良いことなのかどうか、という問いになるだろうか。 わたしはどこか詩のように小説を書くことを目指している節がある。物語世界の背後で生じる通奏低音を操ろうとしているかのようである。

君/笠岡栄

   町から町へ移動を続ける人は何を思い、何を求めているのでしょうか。ふと、そんなことを考えました。それはきっと、自分がそうやってどこかを巡り歩いていたことがあるから。その時は、ただ目の前のことに夢中だったから。でも、こうしてしばらく一所に留まってみるとその日々の事を思い出すことができます。でも、急に自分のことに重ね合わせて考えられるほど器用じゃないし、それは少し気恥ずかしいことでもあるから、自分とは違う人を想像して、その人はどんなことを思いながら歩いているのだろうか、なん