変愛教室 1
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葉山さんと出会ったのは、一昨年の十二月、吉岡さんのマネーセミナーだった。
「それつまらないね」を省略した、「ソレツ」というセミナーで、月一回開催されている。
よくあるマネー講座とは違って、雑多な内容が盛り込まれていて、ある回などは、「弁当とは何か」だけで一時間以上を費やした。
そんなことをしたら、クレームになりそうなものだが、不思議なことに、リピート率が相当高そうだった。
私自身も、なんだかんだと言いながら、予定が合えばつい参加してしまう有様で、もしかしたら、何をしても許される吉岡さんに嫉妬しているのかもしれない。
大抵の場合、会場は渋谷の貸し会議室で、定員十名ほどの広さの、マンションの一室だった。
ギリギリになるのが嫌なので、私はいつも、開始二十分前には到着していることが多い。
一番乗りになるので、吉岡さんに二、三の雑談をしかけるが、ほとんど反応が返ってこない。
天気の話はもちろんのこと、前日にSNSで盛り上がった内容を振っても、「そうだね」とだけ言い、吉岡さんは、再びPC画面に目を落とし、何らか考えこむ。
少し気まずい空気になるが、不思議と、嫌ではない。
その日も、私は、沈黙の十分間をすごしていた。
すると、入り口があき、女性が入ってきた。
女性は、申し訳なさそうな表情で、私たちを見て、
「あの、こちらはソレッですか」
と聞いた。
ソレツの「ツ」が小さい「ッ」だと思っているようだったが、吉岡さんはそのことには触れずに、
「はい、そうですよ」
と明るく答え、
「えと、なにさん?」
と続けた。
「あ、葉山です」
と女性は言った。
私は、葉山さんの顔から目が離せなくなっていて、なぜか、以前に会ったことがあるかとか、知人の誰かに似ているかどうかについて、瞬間的に考えを巡らせていた。
引きつけられている理由が、親近感だと思ったからだ。
葉山さんは、私とも吉岡さんとも離れた奥の席に座った。
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