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ロシア語と鍵

今日は朝から落ち着かない。落ち着かないので髪を染めてみた。染めてみたがやはり落ち着かないので確定申告の続きをしようとしたら、まだ手をつけていないレシートが出てきた。

髪を染めたがカットを2ヶ月以上していないので、なんだか中途半端な長さになっている。襟足が跳ねている。心なしか胃もシクシクと痛む。まるでロケに出る前のような緊張感。自分の普段のテリトリーを出なくてはいけないときはやはり多少なりとも緊張するものなんだろう。しかも今月は引きこもりが過ぎた。

それにしても同じ場所での業務で別団体から面接の誘いがこのタイミングでくるのは予想外だった。もう6月下旬なので働けたとしても7月、8月の2ヶ月のみである。果たしてこんな条件下で雇ってもらえるのだろうか。物は相談なので面接には行ってみることにしたのだけれど。

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面接そのものは10分以下で終わったが、その前に4時間現場に飛び入り参加という斬新なスタイル。これが非常に興味深かった。

突然「Korea?(韓国?)」と聞いてくるアラビア系がいたかと思えば、「何語話せるの?」と聞いてくる人、「あなたの母語は何?」と聞いてくる人などなど。ドイツ人というかドイツ語話者は現場監督の女性と若いスタッフが男(アジア系)女(ドイツ人)それぞれひとりずつ、年配の女性(ドイツ人)がひとり。ロシア語話者は弾丸トークの女性と他3人くらいだったような。途中でシフト交代の時間に入ったこともあり、入れ替わり立ち替わりでもちろん名前を覚えたのは弾丸トークのロシア人女性だけである。

とにかくこれだけいろんな人がいれば日本人でも全く目立たない(はず)。それでも「ドイツ語とロシア語ができる(できる、とは言えない)の!」となぜか現場では重宝がられたような気がする。

それよりびっくりしたのは若いロシア語話者のウクライナ難民が鍵を取りにきた際に鍵が所定の場所にかかっておらず、その男性がキレたことだ。日頃のストレスからだろうか、とにかくロシア語で罵り出したので「あーあ」と思いつつ、所定以外の場所をしらみつぶしに探してみると思った通り127のところではなく、なぜか80のところにブラブラとぶら下がっているではないか。すでにふたりくらいが確認したあとのことだった。何となく探せばあるんじゃないかと思い、みんなが諦めた頃に再確認してみたのである。

「127の鍵ならここにありますよ!」

と言うと、ざわっとしてみんなが口々にどこにあったの!?と尋ねてきた。若い男性も半ば諦めていたところだったのかブツブツ言いながら鍵を受け取っていた。とまぁ、恐らくこういうことが日々起こるのだろうなぁ、と思いながら現場を観察していた。インフォーメーションデスクでのやり取りは鍵や掃除用具の受け渡し、ポストの受け取り方の説明に洋服を受け取るためのクーポンの発行など簡単な事務処理がメインである。

一番大変だと感じたのはベッドを回って点呼を取る必要があることだった。他人の住んでいる場所にズカズカと土足で入って、不在確認をするのだけれどブースによってはお世辞にも清潔とはいえない状態のところもあったり、寝ているところを起こしてカードを提示してもらう必要があったりもするのでプライベートエリアに踏み込む必要があるわけだ。ドイツ人とロシア人が組んで回るのだが、ロシア語話者のスタッフの方が難民との距離がやはり近くなるのだな、と感じさせられた。

ただ、ドイツ人の年配の女性は自らドイツ語教師を買って出ているらしく、それにも付き合ってみた。「文法の説明がうまく行かないことがあるから同席してくれない?」と言われたのだ。いや、ロシア語でドイツ語の文法はさすがに説明できないんだよな、と思いつつDeepleでウクライナ語を検索しつつ「過去形・現在形・未来形」と説明を挟んでみた。その人はロシア語もわかるウクライナ語話者だったためである。途中でロシア語話者のスタッフが覗きにきて混乱している頭の中がさらに混乱。「過去形・現在形・未来形」ってロシア語でなんだっけ?と聞いたら答えてくれたがまだロシア語の方がウクライナ語よりは理解ができるのである。あぁあぁ。

こんなふうに自分が積極的に動きさえすれば、学ぶことも提供できることも山ほどありそうなカオスな現場だったわけだ。日本行きのことも正直に話したので実際に働けるかどうかはわからないが少なくとも今日のところは鍵を見つけることができたのでヨシとしよう。

いつかロシア語でドイツ語を教える日が来るのだろうか。さすがに来ないと思う。




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