『失恋』


ふと立ち止まって、
顔を上げると、川沿いの土手にいることに気がついた。

いつのまにか知らない道を歩いていたらしい。

つい先ほど、彼女にフラれた。

川側の斜面に座り、またうつむく。
ゆらゆらと揺れる水面に、
先ほどの光景が写しだされてきた。

「あなたと結婚したいと思わない。
 ごめんなさい。」

僕自身でもそう思う。
ネガティブだし、仕事はぱっとしない。
振られたくらいでこうやって、
ずっと下を向いて街を徘徊している。

買った指輪も、
宝石のないただの指輪。
思い入れのない丸い金属に変わった。

こんなもの、もう必要ない。
僕は、川に向かって、指輪を投げた。

すると、
川から泡が出てきて、
そこから黒い布を来た汚い女性が現れた。

??「あなたが落としたのは、
   この金の指輪ですか?
   それとも銀の指輪ですか?」

女性はちょっとずつ横に移動しながら、
僕に訪ねてきた。

僕 「えっと、あの、誰ですか?」

??「私は女神です。この川の。」

僕 「女神って。童話みたいだ。
   っていうかなんで横に移動するんですか?」

女神「川に流されちゃうのよねぇ。
   あの、立ちあがって、
   歩いてもらえると助かります。
   私このまま川の流れに乗っていくので。」

男は土手を歩きながら、女性との会話を始めた。

女神「それで、あなたが落としたのは?」

僕 「何にも落としてません。」

女神「え?」

僕 「知りません。指輪なんて。」

女神「えーと、知らないの?このシステム」

僕 「システム?」

女神「正直に答えてくれたら、
   いいことあるかもよ。」

僕 「わかりました。答えたら終わりですね。」

女神「それでは、あなたが落としたのは、
   金の指輪?それとも銀の指輪?」

僕 「ポンデリングです。」

女神「おいいい!なんだよぉ、その感じ。
   私帰っちゃうよ?」

僕 「僕にはもう、金の指輪だろうが、
   銀の指輪だろうが必要ないんだ。」

女神「はぁ。またこのタイプか。」

僕 「このタイプ?」

女神「失恋して、
   その腹いせに投げたんでしょ?」

僕 「そうですけど。」

女神「ああやっぱりなぁ。
   みんな同じこと言うもん。
   そんなのいらないとかさ。」

僕 「結構いるんですか?」

女神「この川はとくに多いよ。
   山の湖担当の子がうらやましいよ。
   私も純朴な木こりの少年とかを喜ばせたかった。」

そこから川の女神の愚痴は止まらなかった。

女神「最初は都会に配属だー、って嬉しかったのに。
   もうとにかく水は汚いし、
   着てる服も最初は白かったんだよ?
   私たち金属のとき限定だから、
   プラスチックごみとは放っておくしかないしさ。
   くじらと女神の敵だよ。プラスチックごみは。
   金属を落としたと思ったら、
   捨てた自転車を拾ってくるなとか、
   あなたみたいに失恋の記憶を掘り起こすなとかさ。」

僕 「都会ですよ。純朴な青年なんてなかなかいませんよ。」

女神「もう私にどうしろっていうんだよ。
   人間って、宝石をもらえば幸せなんじゃないの?
   なんで喜ばないの?」

僕 「宝石より、大事なものを失ったんです。」

女神「またそれだよ。
   ほんとに暗いよね人間って。」

僕 「あなたに失恋の気持ちなんてわからないでしょ!」

女神「まぁ、女神だから。恋とかないし。
   人の気持ちはわからない。」

僕 「ほら、やっぱりそうだ。」

女神「なんで振られたの?」

僕 「僕は、ネガティブで、仕事もできないし、
   収入だって、
   ….あの指輪が僕の給料三か月分だ。」

女神「えっ、あれで?」

僕 「うるさいなっ!
   っていうかいつまで進むんだよ!
   止まってよ!」

女神「しょうがないじゃん。流されてるんだもん」

僕 「こんな僕なんか、振られてもしょうがないよ」

女神「そうじゃないんじゃないかな」

僕 「なんだよ。」

女神「彼女は、君がネガティブで、
   仕事ができないことなんて、わかってて
   付き合ったんだろ?」

僕 「うん」

女神「最初から知ってたんだから振る理由に
   ならないだろ。」

僕「付き合うのはいいけど、
  結婚するのは嫌だったんだよ。きっと」

女神「それが嫌だったんじゃない。
   そこから変わろうとしない君が嫌だったんだ。」

僕 「知った風な口聞いちゃって。」

女神「もしも君が、告白をしたとき、
   自分を卑下して、だめな俺を愛して
   もらおうとするんじゃなくて、
   本気で彼女のために自分を変えることを
   誓っていたら、結果は違ったんじゃないか?」

僕 「….無理だよ。僕はずっとこのままだ。」

女神「川に落ちたと思えばいい。
   平凡な君でも、いつか、
   誰かが君を拾って、
   金色か銀色かにしてくれるかも。」

僕 「僕はどうしたらいい?」

女神「正直でいることだね。」

僕 「そう、だよな。
   ありのままを受け入れて、
   そこから頑張ればよかったんだ。」

女神「じゃあ、聞くよ。
   あなたが落としたのは、
   金の指輪?それとも銀の指輪?」

僕 「普通の指輪です。
   ださくてセンスの悪いやつ。
   でも、ピカピカに磨けば、
   それなりによく見えると思います。」

女神「では、その指輪を返します。
   大事にしてくださいね。」

僕 「はい。」

女神「金の指輪と銀の指輪は、いりますか?」

僕 「いや、いりません。この指輪がいいんです。
   とは言っても、渡す相手はいないんですけど。」

女神「正直なあなたに、ここを案内しましょう。」

僕 「案内ですか?」

潮風の匂いがする。
ひたすら川を歩き続けていたのだ。
いつのまにか海の方まで来ていた。

僕 「あっ。」

女神「私は女神だから、人間の気持ちはわからない。
   でも、女の気持ちならわかる。
   寂しい時に、海を見たくなるのよ。」

砂浜には、座り込む彼女がいた。

僕は彼女に駆けよった。
僕に似たダサい指輪を握りしめて。

~おわり~






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