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犬は死なない犬死にの歌

 センパイは吠えた。低く短く、人間も本気で犬の吠え真似をするとこんなにも似るのだなあという迫真の『バウ』であった。そうして通りすがりの犬に怯えられていた姿を、僕は曲がり角の影で目撃していた。明るい満月の夜だった。犬に逃げられたセンパイの背中は、妙に物悲しそうに曲がっていた。しかし、センパイと犬にまつわる接点といって思いつくのはその程度だ。今夜、センパイから話しかけられるまでは。

「犬が死ぬ歌って、許せなくないか」
バックルームからレジ側に出てきたセンパイは、唐突に真面目な顔で相談してきた。雑談として処理するにはあまりにも真剣な様子であった。
「なにを急にそんなことを」

 内心、人だろうが犬だろうが、猫でもサメでもそれが歌の展開として必然か必要なら死ねばよい、と思う僕はなんとも返事がしづらかった。娯楽というのはなにをしても嘘なので、犬を銃で撃とうが許されているはずだ。

「街中で流行りの歌が流れてきたなあと思って、どうも犬の歌らしくかわいいなあと思ってね、歌詞をよくよく聞き取ってみたら最後に犬が死んでいたんだよ。不意打ちもいいところだ。犬が好きだからこそ真面目に聴こうとしたのに」
 気の毒な事故にあったような話ではある。

「先輩が犬派なのはよくわかりました。飼っているんですか?」
「子供のころから喘息やアレルギーが酷くて、親には生物を飼うのを許されなかった。おれはすべての犬を飼い、飼い犬に愛される者に羨やみと妬ましさを覚えている」
「そんなに?」

「だからねえ、歌でも犬が死ぬのを何度も聞くのは、あまりにもつらいんだよ」

 センパイの顔色は土気色である。元々深夜帯バイト達の顔色といったら夜型らしい青白い肌ばかりだとは思うが、それにしたって具合悪そうではある。僕ですら、なにか慰めになる話でも投げかけるべきだろうと考えてしまうぐらいに。

「犬殺しが死ぬ歌でも流行れば、架空の犬も死ななくなりますかね」

【続く】

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