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春になったら、会いに行くよ

ようやくあの子の家に電話した。

十年以上会っていないのに、名前を言ったら覚えてくれた。


「昨日ちょうどナツお姉ちゃんと一緒に写った写真を飾ったところなの」

ああ、そっか。

教えてくれたのかもしれないね。

踏ん切りつかない私がいるってことに。


聞けば、癌になってあっという間に亡くなったらしい。

亡くなって半年。

遺骨は、まだ手元にあるとか。


「まあ、母も納骨したの十年以上経ってからですから」

のんびりでいいと思いますよ。

そう言うと、「そっか」とおばさんは笑った。

喪の服し方なんて、人それぞれだ。


電話を切って、少し息を吐く。

スマホを握り、涙を流し、もう世界のどこにもいない君にこう告げる。


――今はコロナでここから出れないからさ。

春になったら、会いに行くよ。

ねえ、知ってる?

お彼岸って、死者の声が一番通じやすい日なんだって。

その時に、いっぱいお話しできればいいね。


ああ、そういえば言ってなかったね。

私、たまに作家になるんだよ。

ペンネームはね、君の名前とちょっと似ている。

私も君も、夏生まれだからさ。

でも、みんな私のことを君に呼んでいた名前で呼ぶんだ。

「なっちゃん」

なんも考えなしにつけたもう一つの名前なんだけどさ。

君の分も、この名前で呼ばれてくるよ。


そんな、誰もいない部屋での小さな誓い。



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