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花が好きな彼女の話

 彼女はもともと、誰かから花をもらうことが好きでした。
 同時に、ある程度は得意だったようにも思います。

 学校に行っていたときは、よくもらっていましたね。まわりの友だちは勉強がよくできたから、それに比べれば彼女はまんなかくらいでした。でもたくさんたくさん勉強していると、特別にもらえることがありました。「先生からいかに効率よく立派な花をもらうかが重要だ」という人もいたけれど、彼女は、彼女のことをよく知っている人がたまにくれる少し不格好で背が低いチューリップの花が大好きでした。

 でも、他のなによりも彼女の心を動かす花をくれる人がいました。
 その花は、オレンジ色のポピーでした。

 朝、学校にまだ人が少ない時間。もう暗くなった帰り道。
 何気ないときにふと手渡してくれるポピーの花が大好きでした。

 家に帰って、じっと待って、真夜中になると、部屋の隠し扉からノックの音が聞こえます。急いで返事をすると、ポピーの人の声がします。隠し扉の外にはいつも違う景色が広がっていて、彼女も外に踏み出します。そこで飽きるまでおしゃべりをして、ねむくなったらねむりにつきます。

 その花は、強い毒を持っていました。その毒に当たると大変だということに、彼女は薄々気がついていました。たくさんの人が、その人の花を欲しがっていることも知っていました。
 だから学校を卒業するとき、しばらくポピーの人に会わないと決めました。そう言って彼女が涙を流すので、ポピーの人は困ったような顔でなぐさめてくれました。


 同じころ、よく分からない黒い煙のようなものが世界を覆い始めました。はじめはうっすらと目に見える程度でしたが、春には分厚い雲のようになりました。人々は、家から出ることができなくなりました。

 煙によって、死んでしまう人もいるらしい。

そんな話を耳にすることもありました。世界中が不安なときでした。
誰もいなくなった渋谷の街は、とても広く見えました。

 彼女はというと、たくさんのものに夢中になっていました。ケーキを作ること、絵に好きな色をつけること、近所をひたすら歩きまわること。不要不急で無心になれるものに、次々と惹かれていきました。
 花をもらうとかもらわないとかを気にしないって、案外いいものです。

 それ以外の時間は、ほとんどを隠し扉の外で過ごしました。
 たとえば、仲のいい友だちと約束をしておいて、時間になったら扉を開けます。お互いを見つけると、途端におしゃべりが流れ出します。ひさびさに会った友だちと大事なことを話したり、どうでもいいことを話したり、花を贈り合ったりする時間を、彼女は愛しく思いました。

 そうそう、毎週金曜日の夕方に扉の外へ出ると、あたまのよさそうな人たちが会話しているのが聞こえてきます。彼女がおそるおそる足を踏み入れると、案外優しく迎え入れてくれました。

「あなたはどんなことが研究したいの?」

その人たちとおしゃべりすると、たくさんたくさん世界が広がります。たまに連鎖図とか総説とかいう言葉が聞こえてきてあたまが「?」でいっぱいになりましたが、それもまた彼女の好奇心を刺激しました。


 彼女はまたポピーの人に会うようになっていました。もちろん外は煙がいっぱいで家から遠くへは行けませんから、真夜中に、隠し扉を開けて会いにいきます。

 ポピーの人とのおしゃべりは、毎日毎日続きました。これだけ話していると言い合いをしてしまうこともありましたが、それでも何度も花を贈り合いました。彼女は、その時間が幸せでした。

 彼女は、昼間にやっているあれこれを話しました。夢中になっているひとつひとつ。金曜日の夕方の話もしました。ポピーの人は、そのどれに対しても驚くほど興味がなかったけれど、「あいかわらずだね」と笑って話を聞いてくれました。そして、自分の話もしてくれました。
 煙が薄くなる日もちらほらと出てきて、一緒に本当の外へでかける日もありました。夏は海に行ったし、誕生日はおいしいお肉を食べに行った。

 ポピーの人は、自分のことがなによりも大事な人でした。また能力や人望も持ち合わせている人でしたから、ほとんどのことを賢く、器用にやってのける人だったと思います。
 彼女は、不格好で小さなチューリップをもらってよろこぶような人でした。ケーキ作りとかぬり絵とかお散歩とか、なんのためだかよく分からないものに夢中になりました。
 ふたりは全然違ったけれど、お互いを居心地がいいと思いました。


 オレンジのポピーはとてもきれいだけれど、やはり毒を持っていました。普段は気づかないくらいですが、たまに毒にあたると苦しくて苦しくて、涙が止まらなくなりました。

 それでもあの花がほしくて、「今日はもらえるかな」と楽しみにして、もらえない日はさみしくて、でもまたもらえると嬉しくて。
 自分が渡した花で笑顔になってくれたときは嬉しくて、すごくきれいな花束なのに受け取ってもらえない日もあったりして、そのときは思わず相手を責めてしまったりして。


 そんな毎日が、1年ほど続きました。

 ある5月の日、その人はポピーの花束をくれました。
 彼女は、生きていてよかったと思いました。


 いつからでしょうか。彼女はあの人が、自分にだけずっとポピーをくれるものだと思うようになっていました。そして毒に当たると、言葉を失ってひたすらに涙を流しました。

 いつからか、あの人はポピーをくれなくなりました。
 いつからか、他の人にポピーをあげるようになりました。

 悲しくて悲しくて、でも平気なふりをしました。あの人のかわりに適当な人と話してみると時間だけはつぶれるのだけれど、かえってあの花が恋しくなりました。


 ある日、お便りを目にしました。

  ” 私たちの団体の新歓をします。どなたか運営に参加しませんか?"

 あの人と過ごした時間をごまかしてくれるものであれば、もはやなんでもよかった。彼女は、新歓の運営に参加してみることにしました。

 その団体にはいろいろな人が所属していましたから、話し合いは隠し扉の外で行われることが多かったです。新歓の話し合いに参加し続けると、彼女はたくさんの花をもらうようになりました。

 白くて小さな花、あざやかな紫色の花、青のかわいらしい花・・・

 彼女はそれが嬉しくて、どんどん頑張るようになりました。次第に、不格好で小さなチューリップももらうようになりました。

 その団体で出会う人たちは、これまでに出会った人たちと少し違っていました。みんな花をもらうことは好きなのですが、自分が咲かせたい花というものを持っていました。咲かせたい花を探している人もいました。
 お互いに花を贈り合って、それぞれが咲かせたい花について語り合って、なかなか花をもらうことができない人たちのことをよく見ていて。
 彼女はその人たちのことが、大好きになりました。

 私も、自分が咲かせたい花がほしい。

いつの間にか、オレンジ色のポピーはあまり思い出さなくなっていました。

 人々は、黒い煙とともに生きる方法を探し始めたようです。



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この文章は、「#いまコロナ禍の大学生は語る」企画に参加しています。
この企画は、2020年4月から2023年3月の間に大学生生活を経験した人びとが、「私にとっての『コロナ時代』と『大学生時代』」というテーマで自由に文章を書くものです。
企画詳細はこちら:https://note.com/gate_blue/n/n5133f739e708
あるいは、https://docs.google.com/document/d/1KVj7pA6xdy3dbi0XrLqfuxvezWXPg72DGNrzBqwZmWI/edit
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