理想の反面教師(前編)
高校2年の2学期。部活も最後の大会に向けて準備が始まり、でも進路のこともいい加減考えねばならず、将来と今に板挟みにされたような冬。
私にとっては大きなターニングポイントとなったとも言えるこの事件を、描いてみました。そしたら思いがけず長くなってしまったので、前後編にします。
嵐の前夜
2学期の期末テスト前日の夜、部活の顧問から私の学年に一斉メールが届きました。
あ、誰かなんかやらかしたな。反射的に悟ったのはいうまでもありません。だって今は絶賛テスト前の部活動停止期間。というか明日から期末テスト。
それ以前に、彼女が何かしらに腹を立てていることは明白でした。当時の彼女は、今は懐かしデコメの使い手。その彼女から、絵文字も何も一切ないメールが届いたということは、その真っ黒い文面が彼女のどす黒い怒りを表していたわけです。
怒りの原因
選りに選って、なぜテスト当日の朝に呼び出すのか。当日の朝が最後の詰め込みチャンスだという事など、誰もが知っているはずなのに。
そんな思いを抱えながらも、なんとか集合時間には間に合わせました。他の部員も皆一様に憂鬱な顔をしてたのは覚えています。朝のこの時間を、せっかく詰め込んできた知識の最終確認ではなく、明らかに怒っているに違いない顧問の前で神妙な面持ちを保ち、適切なタイミングで返事をすることに集中しなければならないなんて。って。
そんな目配せを交わし合っていると、顧問大先生様がおいでになりました。
私たち全員がさっと姿勢を正す。
その後、予鈴がなるまで聞かされたのはこんな話。
まあ、ここまではわかる。いかにも学校教員が言いそうな文句ですし。
ただ残念なことに、私は団結!とか、仲間!みたいな組織としての強制が苦手だった。その上、私自身は注意されるほど制服を着崩した覚えはない。だってそんなところに意地を張って、先生に注意されるのめんどくさいじゃないか。
そんなわけで、私は至極真剣に、1時間目の忌々しい世界史のテストのためだけに無理矢理詰め込んだ単語たちを反復していたわけですね。
ダンス部の一員として活動して1年半。彼女の怒りは、基本的に日頃の鬱憤を全て吐き出さないと収まらないこともわかっていたので、心ここに在らずをバレないようにだけしつつ、聞き流していました。
とばっちり開始
顧問大先生による、テスト直前公開お説教はなおも続きます。
……うん、まあ我慢しよう。ただ、正直にいうと、その時の私には全く理解のできない不当な理由での叱責でした。
私は何も怒られるようなことをしていないのに、テスト当日の朝に呼び出されて、寒い中(屋外の渡り廊下)お説教を食らっている。そしてその奪われた時間は誰も補償してくれない。
私からしたら、普段から風紀にうるさい顧問が、周りの目をとても気にする神経質な彼女が、他の先生から部員の服装の乱れを指摘されて、怒り狂わないわけがない。
別に彼女たちにも常にスカートを規定の長さに保てとは思わない。ただ、先生の目を盗んで楽しむ程度には、頭を使えばいいのに、とは思っていた。このくらいのこともわからないのか、馬鹿か、と。
それでも、これが連帯責任、組織の一員として活動することなのだと頭では理解していたので、不快だけど黙っていました。今思えば、随分と同級生たちを見下していましたね。逆に私が彼女たちに連帯責任を強いる事件を起こす可能性だってあったわけだけど、あの頃はまだそこまで広い視野で物事を考えることはできなかった…し、そんなこと起こさなかったと思いたい。
地雷
完全に怒り心頭の彼女のお説教は、今度は別の話題へと向かった。
正直、これが幸か不幸か現在に至る私を覚醒させたものだった気がします。
その教師は、私がその高校で一番信頼している現代文の先生で、その部員も私も、1年生の時は彼のクラスでした。確かに大分髪は薄くなっていたけど、その後「この際だから」とスキンヘッドに方向転換するようなスッキリした性格の先生で、私は本当に大好きだった。
その先生をふざけて揶揄するような、こんなバカと同じ部活で活動していたのか。この話に関しては私は内心怒り狂っていました。
そんな5歳児のような精神性の彼女に対しても、そんな人間と仲良くしていた自分自身にも。思春期だったなあ。
ただのヒステリー
私の不満や怒りなどお構いなしに、顧問のお説教はそろそろお説教からただの憂さ晴らしへと移行していきます。まあいつもの流れなんですけど。
それを言っちゃあお終ぇよ、である。大変残念なことに、彼女は機嫌がいいと「このダンス部があるから頑張れるわ!」という割に、いざそのダンス部で問題が起きると「お前たちの所為でこんなに苦労してるんだ」と言い出してしまう弱い人でした。責任転嫁の天才。天下を取ったように誤解すると、人はこんなふうにおかしくなるのかも知れません。取ってるのは単なるマウントなのに。
最初の勢いそのままに、母親の介護と息子の子育てをしながら時間を作るのがどれだけ大変か、どれだけ自分がこの部活のために自分を犠牲にしているかを、喚き続けるんですね。好意の押し付けは、害悪になりうる。それを学ぶいい機会ではありました。彼女の前に立つのはもう2度とゴメンですが。
理想の反面教師とは、まさにこの人のことを言うんでしょう。
正直、自分の大変さを周りに聞いてもらって、慰めてもらいたい気持ちくらい、誰にだってあると思います。私にだってあります。でも、顧問が日頃の言動にちゃぶ台返しをかましたらだめ。
正直、学生時代の私が「先生」という存在に対して夢や幻想を抱いていた感は否めないです。塾講師を経験した今なら「まあ先生だって人間だもんね、イラつきもするわ」と共感の意を示すこともできます。だからと言って、生徒にそのストレスをぶつけるような真似は、私は、しない。
救いの鐘
彼女の中の毒が吐き切れる前に、予鈴がなって、一瞬だけ、生徒の間にほっとしたような空気が流れました。実を言うと、彼女のヒステリーは今回に始まったことではないので、みんなも内心はうんざりしていたはずなんですよね。
でも、その時の爆発はいつもと規模が違いました。
彼女は最後にこんな言葉で癇癪を締め括ったんです。
「もう知らない!!」宣言。草壁のさつきちゃんもびっくりでしょう。
2年弱活動してきて、解散宣言を言い渡されたのは初めてでした。あまり表情には出さないものの、みんな流石にギョッとしている様子で、涙目になっている子もいた気がします。
予鈴を合図にこんな爆弾を投下して、彼女は鼻息も荒く体育科指導室に戻って行きました。後に残されたのはダンス部員12名。いや"元"ダンス部、か。
こんな最悪な気持ちでも、予鈴は鳴るし、テストは5分後に始まる。誰もが無言のまま、教室へ向けて歩き去っていきました。
※なんせ10年前の話なので、詳細な部分に関しては記憶が少々朧げです。でも、大筋は事実です。
※解散を言い渡されてしまった私たちがどうなるのかは、こちらから読めます。
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