あり得ない日常#70
ビルの合間、吹き込む風に目を細める。
足元へ飛びかかってきたレジ袋に「汚い」と身をかわそうとするものの、付着していた黒い液体もろともストッキングから下で受け止めることになってしまった。
ああもう最悪だ。
なぜこうもモラルが無いんだか。
このゴミを放置した人物は誰だか知らないが、はっきり言ってやりたい。
くそったれが。
整然とビルが立ち並ぶこのオフィス街と繁華街が混ざったような地区は、一定の距離ごとにコンビニエンスストアがあって、少なくともお手洗いには困らない。
このまま帰りたいところだが、職場の先輩から紹介されたセミナー会場が私を待っている。
9時17時の事務職あがり、それも金曜日の夜だ。
飲料コーナーの上にある壁掛け時計に目をやると時間は18時を過ぎた。開始は20時なのでまだ時間はある。
きちんと言われた仕事はこなし、他人に迷惑をかけていないつもりだが、給料は月に16万くらい。
そこから諸々が天引きされて、手元に残るのは13万円弱。
家賃で半分が消えるので、なかなかギリギリのヒリヒリした生活をいつまで続けられるか不安に思っている。
なので、新しいストッキングをここで買うわけにはいかない。
最悪、生足で会場へ赴くことも可能だが、男性の目線が気になるのでなんとかしたいところだ。
自意識過剰かもしれないが、身を守るためにも最大限努力はした方が良いだろう。
セミナー会場には早めに入る必要がある。
このビジネスに誘われた時、副業として努力をすれば少しどころか、もしかしたら会社を辞めることができるかもしれない、そんな収入が見込めそうだと思った。
本当に辞めるかどうかは別にして、今できるだけ若いうちに頑張っておけば、きっと将来報われるだろう。
ただただ、その一心だ。
今日、先輩は別の人と同行するらしいので、私はこうして一人で会場に向かっているという訳だ。
50人くらい入れるレンタル会議室なので、到着次第備え付けのテーブルやパイプ椅子を並べて、設営を行う。
もちろん私一人では無いので、協力する。
そのあとはいつものように、受付の役割りをこなすだけだ。
私はまだ加入したばかりなので、周囲から教わりつつ、このビジネスのやり方を学ばなくちゃならない。
会費は月に5千円程度と、怪しい商売とは違うと思えるところが気に入っている。
あとは私自身の頑張り次第だ。
ただ、いくら副業が認められているとはいえ、会社に公になってしまうのはちょっと困る気がする。
まあ、先輩の紹介だと言えばいい。
設営や運営を手伝っていると人脈も増える上に、セミナーの内容は無料で聞き放題なので、体力的には大変だが、なんだか得した気分になる。
先輩はもうある程度の収入が得られているらしい。
私も早くそうならないと。
なんだか身が持ちそうにない気がする。
脛のあたりにべったりついた汚れは、どうやら何かのソースらしい。
カラスが散らかしたものかもしれないから、仕方がないといえば無いかもしれない。
こんなゴミだらけの世界。
どうなってしまうんだろう。
※この物語はフィクションです。実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。