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グラハムの亡霊たち

 気付けば、リヴィングも暗くなっていた。
そしてミラーボールが慌しく回転していた。なんだか赤、紫、緑、オレンジのホタルが部屋中の壁を這いまわってる感じだ。
おそらくリリーのボーイフレンドの知り合いだかのDJが遅れて到着してきたのだろう。
パーティの賑やかは最高潮に達していた。
さっきまで男女一組をつくっていた若い連中は、また散って、わけへだてなく交わりあっては、また散っていった。DJが自分で編曲したエレクトロ・ロックをかけると、躍るものもいたし、女は見知らぬ男の腕や肩に頭をもたせかけて、男は雄獅子にでもなったような顔でソファに座っている。
やがて、僕とスージーも躍った。
「人間の死って都合いいとおもわない?」
「え?なに?」
僕は躍り疲れて、ソファに倒れこむようにしてもたれかかった。「こういうのって宗教なんかにもいえるけど、人間の死に対する意識ってさ、ちょっと都合よすぎるとおもわないかい?」
スージーも、汗ばんだ頬を拭いながらソファにもたれかかってきた。「あんた、変なこというね。でもそういうのってなんか、ちょっとわかるかも」
「きみって一日三本ぐらい映画見たことある?」
「あるよ。グロいやつだけど」
「グロいのは苦手だな」
「ゾンビがたくさん出てくるの。血しぶきぶしゃーって感じの。それとヘロイン中毒になった大人たちが出てくるのとか。あとはポルノかな」
「へえ。きみってポルノとか見るんだ」
「なに、女はポルノを見ちゃいけないってこと?ポルノは立派な芸術よ。女も芸術に触れる権利はあるでしょ?」
「もちろん悪い意味で言ったわけじゃないよ。ポルノは芸術だとも」
「ポルノサイコー!」スージーが出し抜けに、でかい声で言うので、僕は意表を突かれて思いっきり咳きこんでしまった。
曲が変わると、座ってた連中が膝を叩いて立ち上がった。
空いた席にいままで躍ってたのがなだれこんでくる。そうして、右席・左席方式みたいな調子で、躍り手が入れ替わった。
僕は、ぼうっと躍ってる奴らを見た。
こいつらはなんで躍ってんだ?
そんなことはわからないが、たぶん僕らがいままで丹念に尽くしてきたことも、実のところこの"躍る"ってやつと大差ないんじゃないかな。そいつが無知であろうが、卑しい縦横家であろうが、あるいは雄弁な弁舌家であろうが、機知に富んだ芸術家であろうが、ひとつの窓から覗いてしまえば、そこから見えるのはただ躍ってる人間ってだけなのだ。然るところ、僕らはこの"躍る"ってやつを遂行するためにこの地球に生まれてきたのかもしれないな。

「あんたー。ねえ、ちょっと聞いてる?」
視界がぼやけ、白煙と薄紫のもやがかかったみたいになっていた。そこに、執拗に呼びかけるスージーの声がゆっくり輪郭を帯びてくる。ピントがはっきりしてきた。
「え?なに?ごめん」
「ちょっと大丈夫?スコッチ・ミルクでも飲んじゃった?」彼女は、卓上のコーデュアルの並びを指さした。僕はすぐにかぶりを振った。
「大丈夫さ。で、なんだっけ?」
「あなたの話よ。三回見た映画がどうしたって?」
「ああ、ごめ。そうだったね。そうそう、映画を見たんだ。日曜日に」僕は腕木に置いといたコップ水に手を伸ばして、それをぐびぐび飲み干した。
それから、スージーに、ある日曜日に僕に起こった出来事を語った。
それは彼女が熱を帯びた煽情的な眼差しで僕の目を覗きこんだからだ。

 最初は、いかにも欧米のヒューマンドラマって感じのを見たんだ。そいつは年の頃が三十もいってないって感じなのに余命わずかでさ、残された人生をより良いものにするために、人生の選択について考え始めるんだよ。僕はスコッチ・ピーナツバター・ミルクをちびちびやっていたってこともあって、そいつを見て自分でも情けなくなるぐらい号泣しちまったんだよな。生きることの尊さとか、僕の精神にもそういうことを考える精彩の煌めきがまだ残ってたんだって心底安心したね。それでつぎに、アクション映画を見た。きみもしってるだろ?007だよ。ジェームズ・ボンドが二十五口径で敵の脳天を吹っ飛ばしてくシーンはたまらなく爽快だった!敵がまたひとりと死んでくたびに高揚が高まるのを感じたな。
そして僕は、その日の締めくくりに見た"戦争映画"で、ある真相に辿り着いたんだ。その映画を見たとき、あまりにリアリティな描写だったから僕も映画に没入して、ドイツ人になって、またゾンダー・コマンド(ユダヤ人労働者)になって、おもわず無性に胸糞が悪くなった。収容所で毒ガスを胸いっぱいに吸いこんだ気分だったね。映画という垣根を越えて、死の恐怖を植えつけられてしまったんだ。それと同時に僕は、この悪魔の日曜日が、僕らのこの先の未来になにをもたらすかってことをそっと告げる声を聞いたんだ。いいかい?ここからが肝だからちゃんと聞いといてくれよ。つまりだ、僕らは自分の身勝手なエゴで、どの角度からスポットを当てるかってことだけで、人が死ぬ意味すら自由奔放にねじ曲げてしまうとんでもない生物だったんだ。それで僕は、たとえば、戦争がなくならない理由とか。犯罪が蔓延してる理由とか。人が繰り返し罪を犯す理由の、因果の真実みたいなものをそこにみちまった気がしたんだ。悲壮の漂う人類の百年先の未来までみえた気がした。なんだか始末の悪い気分だったな。
それからスージーは、僕が話し終えるのを待って、こう嘆いた。
「人の死なんて、生きることと同じぐらい都合がいい欺瞞に溢れてるよ!」

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