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ボツワナ1966、フクロウが鳴いた



 ここはアフリカだ。
 僕は母親を待っていた。そして出発を待っていた。穏やかな夜だった。
 いつもみたく僕は、ダークウッドの大木の太枝に乗っかって考えた。アフリカで生まれ育った僕にとって、この木は僕の家族同然であり、いまやここが僕の家みたいなものだ。
 昔から、僕は特別頭が良かった。ものごとをよく知っていた。想像力があった。知的だったんだ。
 だから、僕にはささやかな野望があった。
 この空を制し、この土地を制し、いずれは海を制すこと。おそらく、僕の知能ではそれが可能だ。周りは、僕の知能がどれだけ稀有で白眉であるかなんて気付いてなかった。なにしろここはボツワナだし、それほどの知識すらなかったのである。でも僕は、けっして彼らを馬鹿にしたりしない。まちがいなく、掛け値なしに僕の種は偉大だと思っているし、僕の種はいつか宇宙の果てにだって到達することも夢じゃない。僕がそれを実現するんだ。僕が特別だってことは、僕だけがわかっていればいいことだった。これは、僕の野望なのだ。
 僕は、ダークウッドの大木の太枝に乗っかって、目の前にある一軒家を眺めた。窓際に、黒人の少年がロッキングチェアに座って、空を眺めている。
 僕の数少ない友人だ。
 やがて、いつものように、少年は僕に気付いて手を振ってくるだろう(少年は、僕が特別であることに気付いている。少年も特別だったんだろう)。でもそのとき、もう僕はここにはいないのだ。
 僕は、今日ここに、少年に、数少ない僕の友人に別れを告げにきた。
 空を見上げた。まぎれもなく、アフリカの空だった。
 さて、そろそろ出発の時間かな。

 そのとき、フクロウが鳴いた。低くおおきく唸るように、隣の樹から聞こえてきた。
 聞き馴染みのある声が広く、二、三度響きわたった。僕はアフリカで育ったのだ。風が吹いた。草木がざわざわと揺れ、アフリカの大地はこれから起こることに気づき胸を躍らせてるようだったし、警告をしているようでもあった。僕のところへ降りてきた、天使のような、一羽のフクロウ。

 それは、まぎれもなく、僕の母親だった。

 僕はおおきく羽ばたいた。アフリカの空を、ゆっくりと静かに羽ばたいていった。次なる目的地に向けて。

 僕にはささやかな野望があった。この空を制し、この土地を制し、いずれは海を制すこと。
 おそらく、僕の知能ではそれが可能だ。

 エナメル・ブルーのインクをこぼしたような空を二羽のフクロウが飛んでいくと、やがてすぐに宵闇に紛れて消えてしまった。
 刻一刻と、太陽は近づいている。人間が眠っている間にも。



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