fit the piece
みんなは知っているだろう。
学校の七不思議と呼ばれるなんとも胡散臭い逸話。
いや物語。噂話。昔話。
僕はそんなものは信じてはいないが、1つだけ不思議だと思っている物がある。
旧校舎の美術室。
そこに物好きな女子生徒が入り浸っている様だ。
なにも不思議なことはない。
ただ絵が好きでいつも落ち着く旧校舎の美術室で、絵を書いているだけの女子生徒だと思っていた。
しかし、それも度が過ぎると不思議に感じてくる。
そんな小さな不思議を観察することが、僕は好きだ。
そう。今僕は何をしているかというと、その問題の美術室の前にいるのである。
中からは人の気配がする。
覗いてみると黒髪のロングヘアー。整った顔立ち。少し曇っている目。陰気な雰囲気を醸し出している。
想像通りといえばそこまでなのだが、物語のお約束としては100点満点の人であることに間違いはない。
そして特に音も立てていないのに、彼女の口が開く。
「扉の前にずっといてもなにも起きないし、なにもないぞ」
どうしてばれたのかわからないが、こちらが気づかなくても向こうからは気づけるようなことがあったのだろう。
「確かになにも起きないな」
美術室の扉を開けて、その問答に答えを返す。
「いつもここでどんな絵を描いているんだ」
僕は彼女に近づき、キャンバスに目を向けてみる。
そこには、なにも描かれていなかった。
なんなら筆などの道具もなにもおかれてなかったのだ。
キャンパスがおかれているだけだった。
「君には見えないのかい、この私が描いている最高傑作が」
「あぁ……あいにくだが何も見えない」
「ちょうど絵具を切らしてしまっていた、買ってきてくれないか」
彼女はお金を僕に握らせて、適当に背中を押してきた。
「おい、なんだよいきなり買って来るわけないだろ」
「後ついでに缶コーヒーでも買ってきてくれないか」
後ろから追い打ちのように声が聞こえてくる。
僕は初対面の彼女に使い端にされてしまっているのだ。
「買ってくるわけないだろう何様のつもりだ」
「別に何様でもない、ただの一般人さ」
あくまでも今の態度をかたくなに崩さない。
これは何を言ったとしてもなにも変わらないだろう。
「面倒くさいなぁ自分で行けよな」
彼女にお金を返そうと手を差し伸べた。
「きゃっこの人私をてごめにしようとしてるって言ってしまえばあなたは終わりだと思うけど」
なんてあくどい奴なんだよ。
「はいはい……行ってきますよ」
僕は美術室を後にした。
そんな最悪の出会いが僕と彼女の出会いだった。
愚痴を言いながら体育館前にある自動販売機で缶コーヒーを買う。
缶コーヒーの冷たさと彼女の冷たさが同じくらいなのではないかと思ってしまった。
それにしてもなぜ彼女はあんな所にいるのだろう。
なにか絵を書いているという雰囲気ではないし。
ずっと椅子に座ってキャンバスを眺めているだけなのだろうか。
というかあんな生徒この学校にいたか。
すべての生徒を網羅しているわけではないが……。
先輩にいるのかもしれない。
本人に確認してみれば早いことか。
お金は缶コーヒー分しか渡されていないから絵の具の件はなかった事にしよう。
「はぁ……なんでこんなことをしないといけないんだ……好奇心は猫をも殺すというのはこういう事か」
興味をもってしまったばかりに、面倒ごとを押し付けられてしまったのは確かに自分のせいなのかもしれないな。
溜息交じりに体育館前から旧校舎の美術室に足を運んでいく。
なんとまぁ立派な新校舎の隣にぼろぼろの旧校舎があるのだろうか。
さっさと取り壊してしまえば景観もよくなるものなのだが、取り壊せない事情などがあるのだろう。
旧校舎は使われていないのだが、一部の部屋は生徒たちのたまり場や憩いの場になっているようだ。
まぁその一つが美術室というわけだが。
後はどの学校にもある噂話の学校の七不思議なるものが、旧校舎にはあるようだ。
内容については知らないが、別に知らなくてもいいだろう。
そんな事実の列挙をしていると美術室についた。
「お望みの物を買ってきましたよ」
「おぉ……遅かったじゃないか、君の歩幅はそんなに狭いのかい」
露骨に煽ってくるが無表情な顔。そして缶コーヒーをよこせと言わんばかりにさし伸ばしてくる手。
「その態度はないだろう……もう少しありがたがってもいいと思うんだがな」
憤慨している心を静めて、缶コーヒーを手渡した。
「それと絵の具の件だが、その分のお金を渡されていなかったのでな買ってきていないぞ」
そういうと彼女は薄ら笑いを浮かべて言った。
「それくらいの事は判断して行動できるらしいなぁ、えらいえらい」
いちいち言動が鼻につくが……反応をするとさらにひどくなりそうな気がする。
「あなたは学年は?」
反応しないことによってなにかしらの変化があるかと思ったが特に何事もなかったように答えた。
「三年だがなにか?」
一つ上の学年だった。
まぁ予想通りな所ではあるのだが。
「ちゃんとこの学校の生徒のようでひとまず安心したよ」
「私がどこの馬の骨かもわからない女だと思っていたのかい」
その通りではあるのだが、確認してそうだったら摘まみだしてやろうと思ったくらいだよ。
今も少しいろんな意味で摘まみだしたい気分ではあるんだがな。
「そうだな、特に理由もなく何をしているわけでもなく、キャンバスの前に座っている女の人という認識には変わったが、ここで何をしているんだ」
彼女はめんどくさそうに答えた。
「それはもう言ったような気がするんだがなぁ……絵を描いているんだよ……君には見えないのかなこのまがまがしい絵が……」
もう一度キャンバスを覗き込んでみるが何も見えない。
真っ白なキャンバスだ。一体何を言っているんだろうなこいつは。
「だがまだ完成ではない……絵具が必要なんだがちょうど切らしてしまっていてな
君に取りにいってもらいたいのだよ」
「なんで僕が取りにいかないといけないんだ」
「特段理由はない……強いて言うなら面白そうだからか」
面白そうという理由でなんでパシリをしないといけないんだ。
「自分で行けばいいだろう……なぜ僕に頼むんだ」
「なぜというのはそのまま返したらいいのかい?
君は気になっている、なぜ私がここにいて何をしているのか……それを暴きたくはないのかい」
そういわれたらそうなんだが。
なんだか彼女の掌の上で転がされている気分だ。
「そうだよわかっているじゃないかそれをしたら何をしているのかがわかるというなら従おうじゃないか」
「君はそういうと思っていたよ素直な子だからね」
上から目線がさらに鼻につく。
「具体的に何をすればいいのか教えてくれ」
なぜ何をすればいいという言葉がでてきたのかはわからないが、ただ取りに行くだけではないのではないだろうというのが、彼女の顔を見てわかったからだ。
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