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福間洸太郎「レア・ピアノミュージック」~シューベルトと矢代秋雄の世界~

金曜日は、福間洸太郎さんの「レア・ピアノミュージック」を聴きに、杉並公会堂へ。

去年ピティナの特級で矢代秋雄のソナタを印象的に弾いた出場者がいて気になっていたのだけれど、シューベルトの17番との組み合わせが、少し聴くのが難しいかも・・と感じて迷っていたところ、チケットをお譲りいただける機会に恵まれて、大変ありがたく出かけた。

このシリーズは福間洸太郎さんがプロデュースし、演奏機会の少ない楽曲を様々な演奏家とコラボして紹介していく、というシリーズ。コロナ禍では配信の形をとって24回、有観客コンサートは金曜日が2回目である。つまり、26回目。過去の演奏一覧を眺めると、名前も知らない作曲家も、「ああ、これは聴きたかったなあ・・」という曲も、たくさんあり圧巻だ。

金曜日の演奏家は、河村尚子さん。「蜜蜂と遠雷」の栄伝亜夜のピアノ演奏担当でも有名なピアニストだ。私の中ではシューベルトやベートーヴェンが得意な演奏家というイメージ。

私の印象では、福間さんはかなり学者タイプの演奏家だ。「なぜこの表現を選択したか」という理由には必ず学理的な根拠があって、もし他の誰かが、確かな裏付けをもとに、「こうした表現も可能なのではないか」と指摘したとしたら、喜んでそれを受け入れ、新たな表現の材料としていくだろう。福間さんの舞台上の立ち居振る舞いそのままに、ひとつひとつの音に対して冷静な裏付けが添えられると同時に、常に新たな表現への扉がエレガントに開かれている。

一方河村さんの音楽は、かなり動物的・身体的だと感じた。獲物に向かって俊敏に動く動物のように、野性的な感覚で音を捉える。おそらくは事前の膨大な研究と試行錯誤の後、いったんピアノに向かうと、最終的には表現の根拠は自分の感覚に委ねられる。

そんな二人が連弾をすると、河村さんがプリモを務めた、シューベルト「フランスの歌による8つの変奏曲」では、全速力で走っていく河村さんに福間さんがピタッと寄り添って華やかに色を添えるようだった。一方福間さんがプリモの矢代秋雄「ピアノ連弾のための『古典組曲』」は、福間さんが意図する軸を、河村さんがしっかり支える、という形になった。

おふたりは20年来の付き合いになるそうで、ふたりの天才的な子どもが無邪気にピアノを叩いているように見える。時々福間さんが「尚子ちゃん」と呼んでしまったりするのも、微笑ましかった。

続く河村さんによる矢代秋雄のソナタは、レアなクラシックをさほど聴き慣れていない聴き手にはやや難しいと感じる曲だ。特にメシアンっぽい現代音楽感溢れる3楽章は、理論的なのかもしれないがどう聴けばいいのか、「?」が通り過ぎていく。それが河村さんの野性的な感覚や理論を超えた迫力、集中力でしっかりと届けてもらった、という感覚があった。暗闇にするどく、また柔らかく光で絵を描いていくような印象。足を運んでよかったと思った。しかしプログラムにあった、「ベートーヴェンソナタ30番の精神を反映したもの」という矢代本人の言葉は、結局分かるような、分からないような・・。

休憩後のシューベルトの17番の長大なソナタは、野性的と感じた印象は薄れ、前半に増して大きなスケールで提示された。一方向にずーーっと流れていく、明るい曲。物語は続きますが、ここで話すのはいったん終わります、という感じで終わる最後のフレーズの余韻がいつまでも残る。

アンコールにも矢代秋雄の「夢の舟」の連弾を。お話の時間もたくさんあり、楽しかった。

このレアピアノミュージックシリーズは、この先も2ヶ月毎のハイペースで行われます。私は来年1月、チャクムルさんのトルコの楽曲が気になっています。

(2023.7.21)