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「いてくれてありがとう!」介護現場で最も必要な言葉である理由を教えます

認知症ケアだけでなく幅広く使える言葉です

このブログを書くきっかけになったのは関根一夫さんのセミナーを聞く機会があったからです。

※関根一夫さんとは
牧師であり、カウンセラーで活躍されている人です。
「いてくれてありがとう!」介護家族の話をひたすら聴き続けた牧師が伝えたいことの本も出版されています

「いてくれてありがとう!」
という言葉は認知症ケア、介護している家族に必要な理由を教えてくれました。

その理由について学ぶことがあり、認知症ケアだけでなく他で応用できることではないかと思い、ブログにしました。

よかったらご覧なって下さい。

存在論的人間観以上に機能論的人間観が社会的に重要とされている

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存在論的人間観…この人だからいい価値観
機能論的人間観…人格的にいい人、頭がいいなどの能力的価値が高い人
のことです。

社会的に機能論的人間観が必要であることが多く、能力的価値がある人が社会に認められ、幸福感持って過ごせられる傾向があると。

認知症、高齢者になると
・考える力が弱くなる
・自分で選ぶことができなくなる
・できていたことができなくなる

と言ったことが起きるため、できてないことに対し、ハンデを背負ってしまう。

なので、機能論的人間観を保つことが難しくなり、存在的価値を感じづらくなり、できないことへの抵抗が強くなってます。

できてないことが増えて中、注意をしてしまうとプライドが強く持ってるので、
「違うんだ!」
と言った言い争いの発端になりかねません。

そもそも人は機能論的人間観だけで価値をしてしまっていいものだろうか?

この人がいるからいい経験をしていることもあるかもしれないので、存在論的価値観を認めることが重要であり、
「いてくれてありがとう!」
と言う言葉が大事とお話を受けました。

セミナーを通じて現場で思うこと

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確かに機能論的人間観世の中の価値を重要とされていると感じました。

例えば介護で言うと
・おむつ交換が早くできる職員
・仕事が遅い職員
・拒否が強い入居者

と言ったできるできないが重要視されている傾向があります。

なので、できる人は褒められ、できてない人は陰口や職場でいづらい雰囲気になりがちです。

果たして、それだけで人間価値を決めてもいいものかと考え直しました。

入居者さんがいたからできた経験や学び、人柄を尊敬することもあるはずです。

例え仕事ができない職員と言われてもこの人がいるからこそできる職場づくりができていたかもしれません。

入居者、職員の良いところを学び、お互いの存在を認める言葉
「いてくれてありがとう!」
を忘れてはいけないと感じました。

まとめ

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職場の研修がメインになりつつあるコロナ禍でありますが、外部研修は学びのある経験とも感じました。

介護現場だけで学ぶと言っても
・先輩の価値観
・施設の方針
・介護現場で起こる出来事

に振り回されることが多く、果たして良い学びになっているかは分かりません。

他の介護現場や介護に精通する人の話を聞き、自分にとって良い学びのある経験することの重要とも感じました。

「いてくれてありがとう!」
とは照れくさい言葉かもしれませんが、実行してみると面白い反応が返ってくるはずです。

これからも介護にまつわる話をしていきますので、これからも楽しみにして下さい。

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