1983年 東京ディズニーランド⑦

 7.フープ・ディ・ドゥ

ディズニーランドというブランドは夢や憧れの世界であり、ゲストが抱くイメージをとても大切にしている。このためテキストやビデオによるマニュアルでスタッフやキャストの教育を厳しく管理していた。パーク内にはゴミが落ちていてもすぐに清掃され、ゴミの無い清潔な環境であることがアピールされる等、今までにないアミューズメントパークである。まさに夢の世界が実現しかたの様だ。
海外経験の無い僕はディズニーランドがアメリカのベーシックなシステムであると信じて疑うことは無かった。合理的であって、オリジナリティを維持するためには経費を使う。今までの知識の中にある芸能の世界とは大きく違っていた。容姿やコネの様な形に捕らわれることが無い。日本の芸能界の年功序列は通用しない、力と力の勝負の世界が魅力だ。
ダンスのスキルの高さや歌唱力そして笑顔での演技がキャストの立ち位置を決めるってことをリハーサルの初日に実感したからだ。
有名な俳優や歌手はいなくてもエンターティナーの実力で夢を感じてもらえる演出ならキャストの力量でゲストの満足を勝ち取ることが出来る。
マジーはダンスのテクニックと魅力でアメリカ人すら圧倒していた。
演出のフォレストもマジーには絶対の信頼を置いた。だがサブである僕にはかなりの注意や助言を要した。当然の事だが、マジーとの実力差は歴然としていた。彼と比較されたことは無かったが、ほめられたことはディズニースマイル以外では皆無であった。
アキラは元々コメディアンなのでゲストの笑いを取るのは上手かった。だがダンスに関して多少は有利に作用していたが踊りに見せ場が無い分、
僕の存在を光らせる状況では無かった。
リハーサルから本番までの日常は、田舎から出てきてコンプレックスで縮こまっていた自分の個性に多少なりとも勇気をもたらしてくれた。
 フープ・ディ・ドゥは週末三日間の夕方から一日2回の公演スケジュールで始まった。五月の連休と夏休みは毎日開催された。
指定された時間になると正面玄関の扉が閉ざされた。フープの出演者6名はステージマネージャーからのスタートの合図が出ると進行役のシックスビッツを先頭に6人が事務所の扉を開けて正面出口で入場のタイミングを窺う。シックスビッツは小さな太鼓を抱えながら玄関の扉を少しだけ開けて『音キッカケ』の馬車のブレーキ音を待つ。
「ヒヒーン。キーッ」
馬の鳴き声と馬車の止まる音が聞こえるとシックスビッツが扉を開ける。
「ヤーフー。ドンドン。」
太鼓をたたきながらシックスビッツを先頭に6人の旅役者が会場内のテーブルに向かって笑顔で手を振りながらステージに駆け上がる。
「ヨー、みんな待たせちまったな。サーこれから楽しい夜だー。」
その声をきっかけにピアノ、バンジョー、ドラム、トランペットの生バンドでの演奏が始まる。
「フープディドゥ、フープディドゥ、みんな楽しく一緒に」
6人が一斉に歌って、踊ってにぎやかになる。
オープニング曲が終わるとシックスビッツが客席に向かって
「腹も減るよな~。腹ペコかい~?」
と問う。ゲストからの返事が来ると
「じゃ、勝手に食べな。」
と乱暴に回答する演出になっていた。ところが
「腹ぺこだー。」
の返事がもらえることは稀だった。多くの日本人は恥ずかしがり屋で声を発してくれない。まさにアメリカからの輸入された文化に日本人ゲストは応えてくれない事が開園当初の悩みだった。演出のフォレストは
「ホワイ?」
と日本人スタッフに問うが彼を納得させる的確な答えが出せなかった。フォレストはそんな日本人気質を理解していなかったからだ。
キッカケの部分が上手く進行しない本番で、5月の連休の最終日にアキラがアドリブで上手く対応したのだ。ちょうど僕はジョニーの役で出演していた時だった。
前年から始まったテレビ番組の『笑っていいとも』の影響で、客席に問いかけるタイミングで従来のセリフに代えて
「ディナーにしてもいーいかな?」
と言ったのである。
「いいともー。」
その日はゲスト数人がすかさず返事をしてくれた。
アドリブで何度も問いかけないと応じてくれなかったゲストの反応がそれ以降からスンナリと行くようになった。テレビの問いかけをマネする効果は絶大だった。テンポよく展開し、日本人のゲストもノリノリになってくれた。
この冒頭のきっかけさえうまく進行すれば、あとは流れで展開できた。
ゲストが食事開始の問いかけに反応してくれたら
「じゃ、勝手に食べな。」
とジョークで切り返す演出意図に合わせた展開ができるようになる。
このコメントキッカケでピアノのイントロで食事の歌が始まる。音楽に合わせて進行する演出なのでやっと日本版のオープニングが完成した。
この日以降、決まりセリフが
「いいかな?」
に代わった。我々ステージキャストの歌う食事の歌が始まる。
「さーぁ、食事です。さーぁ、食事です。
なーんでも美味しい、素敵な日だ。」
この歌に合わせてウェーター、ウェートレスが料理を持って登場する。
ここから約20分のメインディナータイムとなる。
静かな生演奏が流れる中、我々旅役者6名は客席に降りていき、何人かに挨拶して回る。
実はフレンドリーな対応をしながら、後半でステージに引っ張り上げるゲストを探すのだ。これはアメリカの演出特有のサプライズであり、見るだけではなく観客も参加する演出だった。
そして食事中は二人のシンガーがしっとりと西部の夜をロマンチックに歌い上げる。
この歌が終わるころ、メインディナーも終わる頃合いとなる。
そしてステージマネージャーからのキューで後半がスタートする。
「誰も好きなの。アップルパイ、恋の味」
このアップテンポな歌とダンスで再びデザートが運び込まれ、メインステージが始まる。
ここからはシックスビッツとドリーの日本人の二人を中心にショーが展開する。
ゲストをステージに上がらせてダジャレを言わせたり、観客を二分してチャレンジソングを歌わせたりしながら盛り上ってもらう演出となっている。
最後は6人全員が再び客席に降りて、観客の半分くらいを誘い出し、場内を輪になって踊る演出であった。この頃になるとゲストもフレンドリーになっていて、一緒になって飛び跳ねてくれる。
皆が笑顔になって食事もショーも終わる楽しい内容である。

我々キャストは終了時にステージ袖には引っ込まない。
汗びっしょりになりながら、ゲストが帰る前に正面玄関からゲストに別れを告げ、一足先に退場するのである。

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