路上にて
「ついさっき、失恋したんですよ。そこの角で」
まるで、ぽろりと落し物でもしたみたいに
彼女は困ったように笑って言った。
僕はただ、「あぁそうですか」と頷いて。
「そんで、慰めてくれる人大募集中!なんですが」
なんですが、って。
ねぇ?
僕はただのしがないよっぱらいで。
一昨日振られたばかりのよっぱらいで。
ここでこうやって大の字になって歩道にねっころがって。
誰かに構って欲しくって、しょうがないんですよ。
そんな僕に、慰めろだなんて。
ねぇ?
「とりあえず、ちょっと起きてくださいな。ほらほら」
おっととと。
引き摺らないでください、頼むから。
わかった、起きますよ、うん。ちょっと待って。
よっこらしょっと。
「なかなか、よっぱらいですねー。千鳥足、得意そう。ふふ」
そんな嬉し哀しそうに笑わなくても。
得意ですよ。そりゃもう。それしかできない位に。
あぁ、そうだ。これあげます。
貴方も千鳥足、ご一緒にどうぞ。
「あ、ビールですか?ありがとうございますー!」
ぷしゅ。
僕がポケットから取り出した缶ビールを受け取るや否や
彼女は軽快にプルタブを引く。
ぐきゅる。
ぐきゅる。
ぐきゅる。
仁王立ちになって、ほとんど飲み干さん勢いだ。
天晴れ。
「っぷはー!ぬっるーい!!あはははー!」
そりゃそうでしょう。
僕が人肌程度に暖めておきましたからね。
赤ちゃんだって心地よく飲めますよ。
温度的には。
「あたしねー、ビール大嫌いなんですよ、実は」
はぁ。
なんというか、誉めてけなすタイプですね。アナタ。
いや、イインデスケドネ。この際ね。うん。
「そして、よっぱらいも大嫌い!あははー!」
あははぁー。
そうでしょうそうでしょう。きっとそうだと思いましたよー!
あ、いやいや、泣いてませんって。ほんと。
だいじょぶだいじょぶ。うぅ。
「なんで嫌いかと言うと。……知りたいですか?ねぇ?」
さぁ?
大方、さっきの男がビール好きのよっぱらいなんでしょ。
まるで俺みたいに。
「いや、逆、逆です。奴がビール嫌いでよっぱらい嫌いだったの」
それだけ言って、黙ってしまった彼女。
ずっと、嬉し哀しい笑顔のままで。
僕は、どうしようどうしようと思っている内に
段々酔いも覚めてきて。
どうしよう?
「あははー。はぁ」
彼女は笑おうとしている。
そういう気持ちで、笑い声だけを発している。
もう、ちょっとでも突付けば、泣き出しそうだ。
「あは、あはは」
突付いてみることにした。
「・・きゃっ!」
彼女の腕を引っ張って、無理矢理、隣に座らせる。
「っなにすんのよ!このよっぱ……うっ、うっ、……うわぁぁぁん!」
途中まで僕を罵倒しかけ、彼女の堰は切れてしまった。
そうして、涙と洟と汗でぐちゃぐちゃになりながら
彼女は臆面もなく、路上で泣き続けた。
道行く人は、地べたに座り込む二人のよっぱらいを怪訝そうに見ながら
或いは面白そうに眺めながら、目の前を通り過ぎる。
僕はすっかり酔いも覚めて、彼女の横顔をぼんやりと眺めていた。
数分後。
いよいよ涙も枯れたのか、彼女はおとなしくなり偶に啜り上げるだけ。
僕はと言えば、頭痛と吐き気でぐるぐるしながら
なんとなく、頭に浮かんできたメロディを口ずさむ。
「……それ、『Let it be』……ですよね」
そうですよ。多分。
おや、泣くだけ泣いたら、すっきりしましたか?
レリビーレリビー、ってね。
まぁ結局、なるようにしかならないし。ねぇ?
「……うん」
んでもって、今はLet it Beer!ってとこで。
……ほらほら、笑うとこ笑うとこ。
「……ぷっ。あは!あははは!」
彼女はすっかり乱れた化粧のままで
さっきとは違う色の涙を流して笑い転げる。
僕は頭痛を堪えながら、ようやくの思いで立ち上がり
とりあえず大きく、伸びをする。
「あ。意外と背ぇ高いんだぁ」
意外ですか?
まぁ確かに、これでも高校んときはバスケ部で……
「さーて。すっきりしたとこで、帰ろうかなっと」
僕の武勇伝を聞く気は、更々ないらしい彼女は
ちょっとよろめきつつ立ち上がり
軽くお尻を掃ってから、僕の方に向き直る。
「ぬるめのビール、ごちそうさまでした。それじゃ……」
彼女はペコリと会釈してから、駅へ向かって歩いてく。
ちょっとふらついてるけど、心なしか、軽やかな足取り。
その後ろ姿をなんとなく眺めていると、突然、くるりと振り返る彼女。
そうして、にっっと笑って一言。
「レリビール!」
思わず釣られて、笑う僕。
彼女は大きく手を振って、今度は振り向かず帰っていく。
まぁ、見えやしないけど、僕も大きく振り返す。
さいならー。
って訳で、頭痛と吐き気は相変わらずだけど
それなりに心地よく帰路につく僕なのです。
Let it Beer!
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