「紅月の殲滅者」第1話

  ──今日は父の葬式だった。

 俺は思う、命の価値は人によって違うと。

 生きるべき人は居るし、同時に死んでもいい位の奴もいる。

──そして、俺の父は生きている価値がある人である。他人の為に生きて生きて、施しをずっと続けてきた人だった。

 いくら搾取され、騙され続けても善意を持ち続け振り撒き続けていた人だ。

 そんな父が死んだ。病気だった。元々は体の弱い人などではなかった。

 寧ろ強いとすら言えるだろう。なぜなら彼は陰陽師おんみょうじと言われる職業をしていたからだ。

 陰陽師とは妖魔ようまと呼ばれる人を襲う化け物と戦う職業だ。平安時代から現在の2048年まで続いている。

 父も陰陽師として元は活動をしていた。しかし、ある時に痴漢の冤罪として世間から大きなバッシングを受けた。俺は知っていた、父親が嗚咽するほどに精神がマイってしまったこと。

 その頃に母親にも捨てられた。もともと浮気をしていた母親だが金が稼げないと分かると俺を捨てて家を出て行った。

 父親はそれでも笑っていた。なんで笑っているのかと怒りすら湧いていた。しかし、父親は精神的に病んでしまっても陰陽師を続けた。以前よりも活動はしづらく、疲弊をしていく。

 人を救っても救っても評価されず、今まで助けた人たちから冤罪を責められる毎日が続き、遂に陰陽師を辞めることになった。それからはアルバイトを始め、俺を育ててくれたのだ。

 それで話は終わらなかった。とある女と再婚したのだった。彼女は味槍みやりと言う名だ。そして太陽と月、と言う二人の子供を引き継いれていた。太陽は弟に月は妹となった。

 そこから幸せな生活が始まることは一切なかった。再婚した女は適当に子供を預けて育てもせずに遊び呆けた。そんな姿を見せられ、俺はすり精神がすり減る感覚を持った。

 対して父親は義理の娘と息子を育て続けた。彼は優しかったのだろう。そして、再び妻に子供を残して捨てられた。

 だけど、それでも彼は子供を育てる為にアルバイトを増やし、三人の子供を育て続けた。
 その果てに彼は体を壊して入院をして、死んでしまった。

黎明れいめい、太陽と月を頼むよ……』

 最後まで彼は優しかった。そして、優しさが仇になって死んだ。

 俺は思う、この人ほど生きるべき人はいないと。誰よりも幸せになってもいいはずなのだと。

 沢山の人を救い、騙されても、押し付けられても、辛くても子供を育て、自分が死ぬ時ですら心配をかけまいと笑顔を見せた彼がなぜ死ぬのだろうか。

 なぜ、父を捨てて子供を捨てたバカな奴らがのうのうと生きれるのか。

 痴漢の冤罪の時になぜ父親を庇う人たちがいないのか。散々助けてもらっていたはずなのに。

 この時に思った。

 ──彼は救うべき命を間違えていた、優しくすべき命を間違えていたのだと。

 だから、俺は──

「お兄ちゃん」
「月か」
「大丈夫?」
「あぁ」

 父親の葬式が終わり、俺は空を見上げていた。遺骨を持って空を見上げていると妹の月が心配そうに下から顔を覗き込んでいた。

光と黄金が入り混じったかのような髪の色。髪の前髪だけには紺色。短髪のショートボブな髪型で三日月の髪飾りをしている。

目がパッチリとしており目がよく見える二重、海の表面のような美しい瞳も持っている。

「兄さん」
「太陽も心配かけて悪いな」

  弟の太陽は月と同じ髪色。髪型は逆立っているような感じで彼は太陽の髪飾りをしている。
 目はつり目で月と同じように綺麗な青色の瞳だ。

 葬式が終わった後に二人が俺を支えるように気遣ってくれた。

 俺達は家に帰る為に歩き出す。

三人しか出席をしない葬式の帰り道。式場から出ると大きなリムジンが俺達を待ち構えるように止まっていた。

堺黎明さかいれいめい様、堺つき様、堺太陽たいよう様ですね」

 リムジンの前には黒子姿の人物が立っていた。黒い布で顔が見えず、体つきも黒い服でシルエットだけでは性別は判断がつかない。しかし、綺麗なソプラノのような声で女性と分かった。

「私は国家上位級陰陽師倉橋蒼くらはしあおいと申します。本日は御三方に急用の用事がございまして馳せ参じました」
「国家上位級陰陽師……」

 かなりの位の高い陰陽師だ。それに倉橋と言ったか。陰陽師の中でも最も最優の一族である土御門の分家じゃなかったか。

「積もる話は車の中でお願いをしたいのですが、端的に申しますと。太陽様と月様。お二人は土御門の人間でございます」
「「……」」
「これについて早急な対応が求められており、当主様が御三方を連れてこいと仰っております。お葬式の後で苦しいお気持ちはあると思いますが、何卒」

 倉橋蒼は頭を下げた。下げてはいるがこれは付き合わないと帰さないとも取れる。それに、太陽と月はどこか納得をしているような顔をしている。

「わかりました、乗りましょう」
「ありがとうございます」

 俺達三人はリムジンに乗った。ここから、俺の人生は大きく変わることになる。

■■ 

 倉橋蒼という陰陽師が乗ってきたリムジンのような車に俺達は乗った。その間は俺たちは終始無言だ。

「今から向かうのは福井県になります」
「随分遠いですね。ここ豊島区ですけど」
「このリムジンには術式が付与されているので、通常よりも格段に速い移動ができます。それでも少々お時間はかかるのは申し訳ないのですが、ちゃんとお話がしたいと現当主が仰ってまして……到着まで時間あるので洋画とか見ます? ゾンビ映画とか面白いがあって……あ、葬式の後ですよね、すいません」

 倉橋と言ったな……土御門の分家か。あんまり陰陽師については知らないけど。

 陰陽術と言うのを使ったリムジンが空を飛びながらの移動をし、俺たちは土御門家に到着した。

 大きな格式がある家だった。現代とは思えないほどに古臭いが汚いとは一切思わない。神聖で清廉な門だった。

 中を通ると、大きな和室に案内された。そこにはすでに白髪に白髭の男性が座っている。

「初めまして、堺黎明さかいれいめい殿。私は現土御門家当主、土御門大道つちみかどだいどうと申すものだ」
「どうも」
「なぜ、君がここに呼ばれたのかわかるかな」
「少しですが」
「聞いているとは思うが君の義理の妹、弟は……土御門の血を引く人間なのだ」
「そう、ですか」
「あまり驚かないのだね」
「感情の起伏が激しくない方ですから。現当主殿、なぜ二人が土御門でありながら俺の弟と妹になっているのですか」
「うむ、元二人の母親であり、一時的な君の母親でもあった味槍みやりは実は土御門味槍つちみかどみやりと言う名で私の娘なのだ。娘は一度家出をし、そこでとある男性と子を儲けたのだ。その男性はすでに亡くなっているのだが、その後、娘は君の父親、堺悟さかいさとるに二人を託し、消えた」
「……数段階ほど話を飛ばされているようですので、細かく教えていただきますか?」
「味槍は元々土御門家の優秀な陰陽師だった。しかし、厳しい家の家訓があまり好きではなかった。制限された生活に耐えられず家を飛び出し行方不明になり、その道中で出会った男性と子を儲けた。だったのだが、その男性とはうまく行かず。そこで出会ったのが……君の父親だった。味槍は二人を託し再び失踪をした。そして、つい先日、土御門家である我々は味槍を遺体にて発見をした。そこでようやく行方不明であった味槍の存在を見つけ、そこから逆算をして」
「……太陽と月が見つかったと」
「うむ。色々と理解が追いつかないと思うのだが……これが真実なのだ」
「……」
「度重なり申し訳ないのだが、二人は今後、土御門太陽、土御門月と名を変え、君とは赤の他人となってしまうだろう。君と君の父親が面倒を見てくれたことは──」

──ショックはなかった。元から血が繋がっていないことは知っていたからだ。だけど、

 この二人は父の人生を縛ったのか……と思いかけてしまった。俺は妹と弟を大切に思っている。性格も生き方も恥のない者であると知っている。俺の父の影響で人を救いたいと陰陽師になろうと毎日頑張っていると知っている。

 俺よりも命の価値がある人間であると思っている。だが、微かに思う、この二人がいなければ父もあそこまでの無理をしなかったのではないかと。

 だが、そこまで思いかけてやめた。思いっきり自分の頬を叩いて。

「……! 大丈夫か」
「はい」

 当主殿が俺の奇行に驚いている。

 その方向にだけでは物事を考えないようにした。

 ……二人と今後暮らせないのは寂しいがさほど驚きは本当になかった。二人は優秀で陰陽師としても才能があり、誰もが認めている。

 父は二人を守れと言っていたが、守る必要もなかった。

「これからのことだが」
「はい……?」
「どうかしたのか?」
『あの……そちらにいるのはどなたですか?』
「……?」

 現当主様の隣、隣というよりも部屋の端っこに誰かがいる。白髪の顔立ちが整っている。土御門当主と太陽と月は血の繋がりがあるのだから顔が似ている。しかし、そこにいる「誰か」も三人と似ていた。彼は和服、狩衣という服装を着ている、男性……?

「倉橋、誰か見えるか?」
「え!? 私!? え、えっと誰も見えません……」
「二人はどうだ」
「……僕は、なにも」
「……私も」
「黎明殿、すまないが私にも何も見えない。恐らく混乱して幻覚でも見えているのだろう。いきなりこのような事を伝えてしまい申し訳ない。父を失ったばかり──」

──いや、確実にいる。誰だ、あれ……

 誰も見えないのか? そんなわけが……噂に聞く陰陽術とかだろうか。いや、名家、しかも土御門、倉橋。その二つが見えないって術じゃないのか。

『……』
「……」

 誰かがいるのは絶対だ。だって、あっちも俺を認識している。

「倉橋、黎明殿を一時茶室に連れて行ってあげなさい。冷たい飲み物とお茶菓子で休息を」
「は、はい! 黎明さん、こっちに」
「はい」

 彼女に連れられて部屋を出た。

  驚くことにあの白髪の幽霊男は俺が部屋を出たらついてきた。

「あ、あの色々と混乱していると思うのですが、お気を確かに」
「落ち込んでたりはしないですけど」
「父親が亡くなったのに?」
「……覚悟はしていました。いつも死ぬかもしれないと思って会っていたから。寂しくないといえば嘘になりますけど……あぁ、でもやっぱり寂しいです」
「ですよね、甘いもの食べて気分をリフレッシュ……とか、あ、そんなんじゃ気分変わらないですよねすいません」
「はい」

 倉橋蒼に案内されて、個室に案内された。

「えっと、しばらくお一人でごゆっくり……」

 冷たいお茶と団子を出された。食べる前に一緒に部屋に入った何かに話しかけてみようか……

「あの、誰ですか?」
『……我が見えるか』
「見えます。他の方には見えないのですか?」
『……我の見る限りでは知らんな』
「あぁ、そうですか。幽霊とかみたいな感じですか」
『……さぁな。我にもわからんことよ。小僧、名は』
「堺黎明です。幽霊さんは?」
『……安倍晴明』
「幽霊ジョークと言うやつなのか……?」
『……違う』
「安倍晴明って、陰陽師の中でも最強とか言われているやつですよね。あなたみたいなヘンテコな幽霊が安倍晴明とは思えませんが」
『……誰がなんと言おうと我こそは安倍晴明だ』
「あ、そうですか」

 変な幽霊なんだな。これは俺にしか見えていない幻覚と幻聴と思った方がまだ納得できる。父が亡くなったのは正直ショックだ。二人がいるからあまり表には出さないつもりだったが

 感情を抑えすぎている反動なのか

『……少し、話を聞いた。父親が死に至ったとな』
「はい」
『衝撃か』
「……はい」
『……お前が後ろの弟と妹に気を遣わせないために虚勢を張っていたのは魂の存在だけの我も分かると言うもの。立派であろう』
「……自分のことを安倍晴明だと勘違いしている幽霊のくせに良いこと言いますね」
『……我は安倍晴明である』
「それは信じられませんが……ありがとうございます」
『……幽霊に深々と頭を下げられるのは感心。褒めてやろう』

 幽霊くらいには本当のことを言ってもいいだろう。下らない話だが、人には吐けないのに幽霊に弱音を吐けるとは。

「少し、俺の話を聞いてもらっても良いですか。自称安倍晴明さん」
『……聞いてやろう。俺も若人と話すことに飢えていた。それに我が本当に安倍晴明であると分からせておく必要もあるようだしな』

 そこから、俺たちは対話を交わすことになる。自称安倍晴明は自分は安倍晴明だと俺に熱弁をしていた。

■■

 ──そのころ、倉橋蒼は太陽と月を本家案内するために外に出た。田舎で自然に囲まれている、空気は異様に澄んでいる。

「お二人の良いお兄ちゃんそうですよね!」
「そうだね。ただ、お兄ちゃんとは会わない方がいいのかもね」
「え?」
「あの人、私達のことあんまり好きじゃないかもしれないしさ」
「えぇ!? そ、そうなんですか!?」
「幼い時に私と太陽はあの人の父親に引き取られて、私たちにとっては幸運だった。けど、あの人からすればいきなり知らない人が来て、それが自分と父親の時間を奪っていると見えても不思議じゃない」

 倉橋蒼の問いに黎明の妹である月が答える。複雑な家庭環境があるんだなと思い、これ以上は聞かないようにするべきであると判断する。太陽はあまり話すタイプではないので口を閉ざしていた。

「そういえば倉橋さんって国家上級陰陽師なんだよね。凄いじゃん」
「あー、まぁ、倉橋家ですし。これくらいはね!」
「なんで黒子なの? 顔隠しているの不思議だね」
「あー、分家という立ち位置なのを明確にするためらしいです。昔からのしきたりですよ」 

倉橋蒼と太陽と月は話をしながら歩き続けた。全く気分転換にはならないが二人からしたら、どこか懐かしい感じもする場所だった。

「あー。そうだ、この辺りにですね」
「土御門太陽、そして、月だな?」
「「「っ!」」」

 気配も音もなく、唐突に現れた存在。それに対し言葉を交わす間もなく全員が臨戦体制に入る。倉橋は陰陽術「風刀・刹那」を発動した。

 圧倒的な間合いを得意とする陰陽術。風にて刀を構成し、切れ味は言わずもながらに太い木を切れる。更には風の刀はどこまでも伸びる。

 倉橋蒼の顔には黒い刻印のようなモノが刻まれる。

「さすが倉橋、術式を付与するのがはやいな」
「何者ですか。ここが土御門の敷地内と知って気配を消して接近を試みたと判断して良いでしょうか」
「あぁ、構わない。そして、臨戦体制に入ったのも許す。元から戦うつもりだった。そっちの土御門の二人、渡してもらう」
「刹那・伸縮ッ」
「おっと」

 伸びた風の刀身を羽虫を掴むように掴んで見せる男。

「なッ!?」
「大したもんだ。術式・剛鬼童体」

 青い髪をしている男、顔は褐色。彼の顔にも黒い刻印が浮かんでいる。それに対して倉橋蒼は懐から白紙を取り出し、それを空に放り投げた。紙は鶴のように勝手に形を変えて、本殿の方向に飛んでいく。

「紙鶴……当主様の元へ!」
「ほぉ。式紙をすぐさま展開し、異変を報告をする。護衛としては最善行動だな」
「相手の正体が分からなくとも異変はすぐに報告しろと口を酸っぱくして言われているものですから」
「それは素晴らしい。流石は倉橋家と言っておこう」

 倉橋蒼は太陽と月を守るように二人の前に立つ。しかし、彼女の行動とは裏腹に二人は彼女に並び立った。

「困ります。お二方は私の護衛対象なのですが」
「お兄ちゃんが本殿いるのに逃げるとか無理」
「……僕はあの人と、あの人の父さんのように人を守る為に陰陽師になりたいんだ。こんな所で逃げられない」
「あぁ、もう! しょうがない! 当主様が来るまで援護お願いします。お二人には──」
「「──術式縛り」」
「左様です、お願いします」

 倉橋蒼が刀を抜刀し、それと同時に太陽と月が手を体の前に出し構える。すると、襲撃をしてきた男の体に更に刻印が無造作に刻まれる。

「術式縛りか」
「そうです! そしてこれで終わりです!」

 倉橋が刀で切り掛かる。しかし、それら全てを吹き飛ばすような突風が襲撃者より突如発生した。

「術式。鳳凰暴風」
「なっ!?」

 刀にて切り掛かっていた倉橋蒼は吹き飛ばされ、更には太陽と月も体を支えられる飛ばされた。

 三人は土御門本家まで飛ばされる形となる

「あーあ、飛ばし過ぎたか」
「く、倉橋さん」

 月が倒れ込んでいる倉橋の元に駆け寄る。己自身も傷だらけであると言うのに。太陽も傷があるが再び立ち上がっていた。

「流石は土御門ってか。あの大先生が欲しがるわけか」

 襲撃者が軽口を叩いていると、本家から黒子姿の者が数十人、そして土御門大道が飛び出す。

「倉橋! お前、何者だ」
「どーも、元十二天将様。堂本楽と申します」
「堂本楽だと?」
「知っているのか、知らないのか、どっちでもいいが。アンタら土御門家の最強にして頂点である土御門泰親つちみかどやすちかと陰陽塾で同期だったと言えば分かるか?」
「お前は死んだはずではなかったのか……」
「大先生に拾われてな。生きてたぜ。さて、今回はその黄金の卵を二つもらいにきた」
「させん!」

 黒子姿の者達が一斉に襲いかかる。しかし、堂本楽は溜息を吐きながら全員の顔と胴体を引きちぎった。だが、体からは血は出ず、体が紙切れとなって空に舞って行った。

「式紙。しかも人間の姿を限りなく模しているか。流石術式の質は濃いな。だが、それだけだ」
「……くっ」
「元十二天将、しかし実態はほぼ生きた木偶の坊。聞いていた通りだがここまでだと……ガッカリだぜ。吹き飛べ」

 爆風が再び現実に引き起こされる。それにより、土御門大道ですら意識ごと飛ばされる。

「なんだ」

 そして、異変を察知した堺黎明が茶室から顔をだす。多大な突風により本家は崩壊状態になり、黎明がいた茶室も崩壊していた。

「あ? お前は……堺黎明だっけ?」
「兄さん……」
「お兄ちゃん、逃げて」
「太陽……、月……」
「はい、はい。お疲れ」

 堂本楽が太陽と月、二人を棍棒で殴り気絶させた。軽く首を捻り、気軽に辺りを見渡す。

「もう終わり、本殿もこんなもんか。まぁ、土御門家の二大スターと倉橋の秘蔵っ子も居ないんだから。この程度で終わりか」
「……」
「おいおい、お前は術も使えない素人だろ。どうやって俺に勝つんだよ」

 堺黎明が落ちていた刀を拾って、刀身先を堂本楽に向けていた。

「……はぁ。雑魚狩りの趣味はないんだけどさ。まぁ、やってやるよ」

  ここから、最弱の歪んだ少年の運命は大きく、変わる

■■

  崩壊をしている家、倒れている人。それを見て、

 ──俺はどうでもいいと思ってしまった。

 父はずっと陰陽師としてこう言った死にかけの人。困っている人を助けていた。しかし、その先に何もなかった。 
 彼自身は素晴らしい人であったと言うのに彼が助けていたのは自分よりも価値がない人間であり、搾取をされていた。

  それを理解できず、誰彼助けても意味のないと俺は知った。それを見ていたから俺は、陰陽師になれないと思った。

 ──誰でも助けると言う崇高な考えはできない。そんな考えの俺もクズだけど、弟と妹だけは違う。

 俺は知っている。弟は父の話を聞き、陰陽師を目指していると。妹は必死に父の看病に行っていたことを。

 俺の父が唯一、助けて価値があった命なのだ。

 そして、俺よりも生きる価値がある弟と妹。

 俺は何度でも思う。自分より価値がない命はどうでもいい。
 それを続ければその道の先には搾取が待っている。そんなのは父を見ていて絶対にごめんだ。

 ──だけど、自分よりも命の価値がある存在の為ならば、俺は命でも捨ててやる

『小僧、死ぬぞ』
「構わない。長生きをしたいとすら思っていない」
『なに?』
「俺は自分よりも価値がある命の為に、命を捨てたい」
『酷く傲慢で、狂った思想だ』
「狂ってるのは世界の方だ。善人ほどに搾取され、悪人ほど潤う。今もそうだ、弟と妹は何も悪くないのに、傷つく。俺の父は真っ当に生きていたのに搾取されて命が消えた。優しい人ほど死んでいく、早く終わっていく」
『……』
「なら、今生きている俺すらも善人じゃないとすら思う、酷く悪い気分だ。でも、父が育てた命を無駄に捨てるほどの度胸はない。だから、だからだからだからだから」
『……』

「──せめて、命の価値がある人を救う、そうだ、俺は死場所を求めていた」
『……我も数多の人間を見てきた。だが、混沌の時代だった平安にもお前ほどの狂っている奴はいなかったであろうな』

 気づいたら大きな独り言を言っていた。近くには幽霊がいるから会話になっているのかもしれないが見えないやつからしたら独り言に見えているだろう。

「ぶつぶつうるせぇな。念仏には早いだろ」
「念仏唱えて悪いか。父親の葬式が終わったばかりだ」
「口だけは達者だな」

 目の前には術師が一人。土御門本家を壊滅させ、分家の倉橋も倒している。きっと俺には到底及ばない存在なのだと悟った。

 それでも自然と恐怖だけはない。

「……死なば諸共しなばもろとも
「死ぬのはお前だけだよ、堺黎明」

  刀など振ったことがない。荒事もしたこともない。走って、刀が当たるところまでは近づく。

 ある程度まで近づいた時、俺の体は急激に軽くなった。そのまま立っていることもできずにその場に倒れ込んだ。視線を下に移すと自分の腹に大きな穴が空いていた。

 真っ赤になった自分の腹部、力が徐々に抜けていき下を見る力もなく、仰向けになった。

 ──襲撃者の男は二人を連れて、去ってしまった。

 空は青い、これで終わりなのか。結局何も残すことなく終わるのはらしいと言えばらしいのだろう。

 穴が空くのは激痛だが、さほど騒ぐ気もなかった。ただ、血がなくなって眠くなっていくだけだった。

『死ぬか、小僧』

 最後に最後に、見るのがまさか幽霊の顔になるとは思わなかった。

「走馬灯、も、見れねぇ。なのに最後が、幽霊か」
『このまま死ぬのか』
「生き、られる、わけないだろ」
『……お前が死ねばお前の妹と弟も死ぬ』
「……」
『だが、お前はまだ死力を尽くせる』
「なん、だよ」
『端的に言おう。泰山府君祭と言う名の土御門に伝わる秘匿術がある。魂を別の肉体に憑依させる術だ。だが、土御門家の人間ですら片鱗すら扱えていない』

 死ぬ間際に何を聞かされているのか。しかし、自然と聞き入ってしまっている自分もいた。この幽霊自分のことを安倍晴明と語るが、妙にカリスマ性のような何かがある。

『魂だけの存在を知覚できた、ましては対話を交わす存在など聞いたことがない。だから、賭けてみる気はあるか』
「……救える、のか」
『さぁな。お前と我次第だ』
「……や、る」
『いいか、我の言う通りに『言霊』を発せ』
「……は、い」
『この世離れし者、虚空埋めん。汝の法を脱し、再び体与えん』
『この世、離れ、し者、虚空、埋めん。汝の法、を脱し、再び体与えん』

 言葉を満足に発することができない。薄れゆく意識の中で出来るだけ力を込めて発した。最後にそれだけ言うと俺の意識は消えてしまった。

 しかし、薄れゆく景色にて俺は確かに見た。

──空に浮かぶ『紅い月』を

■■

 堺黎明の腹部には大きな穴が空いている。そこから、大量に血が流れている。

 彼は既に気を失い、もう死ぬ。いや、既に『死んだ』。

 ──だったのだが

 彼は唐突に目を覚ます。腹部の傷は途端に、時間が巻き戻るかのように塞がる。

 髪の色が、【黒】から【白】に塗り替わる。

 そして、彼の【黒】の瞳は、【紅】に染まった。

 人間の穴の空いた腹部が急に治るなどあり得ない。更に髪と瞳が急に色を替えるなどと言う現象も本来ならばあり得ない。

 しかし、彼の体はまさしくそれを成していた。

 瞳の色だけでなく、その鋭さ。人として纏う雰囲気も全くの『別人』となっていた。

『……』

 彼が動き出す。ゆっくりと一歩踏み出した。彼の背中には真っ赤な『紅い月』が浮かんでいた。

──現代に蘇った、『紅月』が動き出す

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