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「月夜の願い」

 一種の都市伝説だろうか。

 満月の夜に願った思いは、恋に有効だって聞いた。

「浜崎くん、全然変わらないよねー」

 女性の黄色い声が室内に響く。
 今日は久しぶりに懐かしいメンバーで会おうと、同窓会が開かれているのだ。
 私は、ずっと遠慮していたんだけど、数少ない仲良しの女の子が出るというから……仕方なく参加する事にした。

 浜崎くんは高校時代、サッカー部の部長をやっていた超人気者。30代になったというのに、その魅力は衰えるどころか、増々磨きがかかったように思える。
 他のメンバーは社会に出た疲れのようなものが少しずつ見えるのに、彼にはそれが全くと言っていいほど見られない。

(私の事、クラスメイトだったって覚えてるかなぁ)

 こう思うぐらい、高校時代、彼とは接点が無かった。
 でも……一度だけ。
 学校帰りに、暗い道は危ないからって一緒に帰ってくれた事があった。

 それ以来私は卒業までこっそり彼に片思いしていた。

 願いが叶うなら……あの日、言えなかったお礼をもう一度言いたい。
 覚えてなんかいないだろうけど、私はあの時、嬉しすぎて声が出せなかったんだって。

 今なら言える気がする。

 もう子供じゃない。

 数回のつらい失恋もして、それなりに大人になった。

 そんな今だからこそ……あの頃得られなかったほんの少しの勇気が出せる気がする。

 ギュッと握った自分の手が汗ばんでいる。
 入れ替わり立ち代わり浜崎くんを取り囲むメンバーが変わるのを遠くで見つめながら、私は自分の気持ちを奮い立たせようとしていた。

「ふぅ……」

 お手洗いに立ち、呼吸を整える。

(やっぱり声をかけるなんて無理かなぁ)

 座敷に戻る途中、窓から見える夜景を見た。

「あ……今日って満月だったんだ」

 ビル群の上には綺麗に円を描く月が出ていて、まるでそこだけパネルに入れ込んだ写真みたいだった。

 思わず……あの都市伝説を思い出す。

(願った思いは、満月の日に有効)

 冗談めかして会社の人たちと笑い話にしていたけど、今……私は少しだけ魔法が欲しい時。
 目を閉じて、スッと息を吸う。
 そして、幼かった高校時代の気持ちを素直に月に向かって告白した。

「あ、こんなとこにいた」
「え?」

 驚いて目を開けると、そこには浜崎くんの姿が。

「今日話してないの、佐藤だけだから」
「う、うん」

 名前を憶えていてくれた。
 それだけで鼓動が早くなる。

「ちょっと外に出ない?」

 浜崎くんの甘い声に、私の心が勝手に期待をしてしまう。
 そんなに多くは願っていない。
 それでも……彼と少しでも近づけるなら————。

 満月は……本当に私に力を分けてくれたんだろうか。

 それを確かめようともう一度窓の外を見る。
 青白く夜空を照らす月は当然何も語らない。

END


yaechan様、イラスト拝借いたしました。ありがとうございます。

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