見出し画像

『現代川柳選集 第1巻 北海道・東北・東京篇』

■現代川柳選集編集委員会編(1989)『現代川柳選集 第1巻 北海道・東北・東京篇』芸風書院

■収録作家
越郷 黙朗
斎藤 大雄
宮本 紗光
猿田 寒坊
高橋 春造
片倉 沢心
菅原 一宇
今野 空白
佐藤 良子
神田仙之助
佐藤 正敏
多伊良天南
竹本瓢太郎
成田 孤舟
野村 圭佑
野谷 竹路
尾藤 三柳
山本宍道郎
脇屋 川柳
渡邊 蓮夫

■本書より気になった句を引用する。*は私のコメント。
越郷 黙朗
雪掻きのついでお隣まで年始
地にとどくまでの白さで春の雪
過不足のない決算に嘘があり
茶を替えて気になる夢を口にせず
上り坂視野から神が消えてゆく
他人の子といえど明治の目に余り *
還暦のその気になれば似合う色
握手する指一、二本妥協せず
この人もきちんと帰る夕のバス
汽車からの景色が見たい時刻表
雪解けのない署名する北の島
導火線不発でつまらない夫婦
ラムネポンと明治がよかった話する
流れ星むかしを話す気のおんな
幸運をつかむ手相はもっており
金のない話で旅の話終え

*最初意味が分からなかったのだが、「ラムネポンと明治がよかった話する」を読んだ後に、明治生まれの作者が今どきの子供の言動に、他人の子と言えど我慢ならず注意したということだと分かった。「おれが古い考えなのは分かってるんだけど、それにしたってなァ……」みたいな小言が聞こえてきそうである。

斉藤 大雄
佳い話坐れば妻も子も坐り
假名で書く母の名働く名で生まれ
貧しさの順に凍てつく冬の街
流氷がきしむ死人の声がする
紅葉へやぶれて春の金魚死ぬ
焼き捨てた手紙がとどく猛吹雪
背を向けりゃ他人になれる石の街
ペン先が眠る時間が起きている
欲かなし真っ赤へ赤をぬりたがり *
みな終るしなびたみかんだけ残る

*戦争の句?

宮本 紗光
月給が戻って来たよ靴の音
津軽三味叩き疲れて雪を聴く
花柄のポットに詰める嘘がある  *
半熟の種子が一粒海へ出る
歳時記の嘘に戸惑う渡り鳥
廃船の痛みを知るや鳴くかもめ
ここは北国港の風は修飾語
古傷に触れると豆は爆ぜたがる
いくたびか人は傷つき聖書読む
屈辱を綴る日記に野火を打つ
血は薄く濃く実印の曲り角

*この前が貧しい寒村の描写が続くので、その対比で読むとより接近できる気がする。

猿田 寒坊
目玉焼今日一日も知れたもの
父に似た鬼一匹を彫りあげる
臆病になる中年のジャンプ台
心臓のひとりよがりは許されぬ
敗軍の将は枕を抱いて寝る
寝不足に耐えてる朝の被告席
土壇場の粥をきれいにたいらげる
井の中で再起を誓い合う蛙 *
少しならメダカにもある水ごころ
花鋏ひとりよがりをたしなめる
靴の紐いつか討たれる日の予感
名残り雪人は一つの影を曳く

*井の中の蛙が一匹とは限らない。芭蕉の古池を英訳するとき、蛙を単数形にするか複数形にするか議論があったらしい。その話題から、「蛙とは一匹の蛙なのか、複数匹なのか、それとも抽象的な何かを示すのか」という問いを投げかけられたことがあった。オープンキャンパスで文学部の体験授業にて。

高橋 春造
円満な人と言われて主義がない
中トロにさびを利かして酔い醒ます
人間を信じていないドアチェーン
負け犬になった言葉は別に持ち
貧しさは見せぬ夜景の街静か
四つ角だ風よお前はどこへ行く
打ち明けて昨日と違う空気吸う

片倉 沢心
ある時は人を斬る日の舌となる
雑兵に明日の地図はまだ書けぬ
良く出来た髪が逢いたくなってくる
田を売って農夫の胸に鳴る野分け
溺愛の海で翔べなくなる𠥹
こめかみにいくたび溜めし不発弾
遮断機の向うばかりに見える虹
自動ドアーの向うに潜む刺客たち
ネクタイを結ぶと鬼が眼をさます
パソコンの世に大正の晒し首
離職票河童の皿が乾きだす
自画像へ他人は筆を入れたがる

菅原 一宇
梨袋還らぬ一機などの文字
矢印を辿れば近い楢山で
新幹線かかげた虹へひた走り
教科書の一字が醸し出す呪文
ビルの貌一つ一つにあるニヒル

今野 空白
ひよこひよこお前は袋で買はれて行く
悲しかり噴水に来て顔を洗へば
笑顔続ける人の顔じっと見つめる
白い白い墓 白い白い嘘
モロッコを突拍子もなく考へてた或日
彫刻のごとく洋梨縦にむく
警邏 透明に心の租界地區

佐藤 良子
子に百歩ゆずれば百歩闇に入り
捨てるものだけをかかえて渡る橋
コスモスのもっともらしい色で咲き
右寄りの男はかくれんぼがきらい
ベルが鳴るまでは私の回り椅子
失いしものの白さの雲ひとつ
手の届く距離でスープが冷めていた

神田仙之助
子が鳴らす鈴だ神様いてほしい
時間まで来賓という晒しもの
百万の味方コップの中にいる
本当の声で笑える内祝い
後で怒ろうと思っていて忘れ
十二月慌てることもなく慌て

佐藤 正敏
意識してからの両手の置きどころ
壺が置かれてある静かである
人間でありたいだけの旗を振る
薄ら笑いの冒瀆でなくて何

多伊良天南
雑草を刈り家建てるメドがつき
他町から助っ人が来る大神輿
琴の音が洩れるここから飛び番地 *
末っ子の名ばかり近所よく覚え
反対の方からばかりバスが来る

*他の句もそうだが、近所を散歩したときの発見を掬い取っている。何気ない日常の詩性をはっきりと信じているように見える。

竹本瓢太郎
裏切りのチャンスを狙うカメレオン
旗色を正確に読む弱者の目
香水をつけて攻撃的になり
流行を娘に着せられて妻出掛け
日本の強かった日の歌に酔い

成田 孤舟
やがて崩れる絆の先の海も 冬
お隣りの芝生が派手に陽を集め
充電をする山寺の別世界
播餌して一年先の虹を読む
税務署の無口に少し喋りすぎ
ノンポリの眼鏡に虹は映らない
学究の虫に届いた叙勲沙汰
肉眼で千鳥が見えるだけ憎い
従順な犬と 平均的老後

野村 圭佑
おかがみへ運の右の手左の手
どう感じようとも石が置いてある *
おふくろの昔の愚痴の中の父
一枚の写真しかない兵の僕
人の目を盗んでめしに石がいた
大関に大関すまなそうに勝ち
帰りにも道を教えた人の礼
兵隊の話となった初対面

*すごすぎる。

野谷 竹路
民主主義あなたもぼくも孤独だね
ベルを押すすこし依怙地になって押す
死火山のなお火の性を信じいる
フラッシュが笑顔の嘘を固定する

尾藤 三柳
一枚のシャツが乾いて愛が死ぬ
尻尾ひからせて葬列が遠ざかる
短日のモルモットには遺書がない
索引を燃やして天才が生まれ
垂直にシャワーが叩く修羅の骨
川の耳一揆の私語を眠らせず
ざんこくに妻を愛する旧城下
猫死んで屋根はしずかに崩壊す
喜劇のはてに一枚残る銀の皿
雑草のジョークに戦車立ち停まる
偏頭痛の視野で漬物石老いる
鳴らせば消える鈴一つ過去ひとつ
噴水のやわらかい骨かたい骨
そんな日のジャコメッティの浪花節
わが坂の銃声一発でおわる
(詞書)少年、祖父を殺す
〈時〉がネクタイをしたぞ 撃つべき刻

山本宍道郎
観光のほかに用なき仏たち
父に似た捕虜に与える菓子袋 *
工衣服砂で油の手を洗い

*すごすぎる。

脇屋 川柳
パイプ 何を考える 落ちる
レモンころげて イブの明け方
虹を千切った指から 夕立
鏡の中で髪を梳く 呪文
髪は亡命おろかな影の秋祭
故郷を握り続けている画鋲
石壁の三十秒へ消える 骨
ネジ ぽつんと海を語りつぐ
コップの中で一本道が怒り出す

渡邊 蓮夫
音がしたしないへ開く蓮の花
四月馬鹿ほどよく春へ馬鹿になる
一本の松が宇宙の能舞台

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?