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綿菓子の作り方

後一時間ほどで2021年の7月が終わる。ほんの数日前まで7月は30日で終わると思っていた私からすれば、棚ぼたのように生まれた1日。その貴重な1日の夜に机につき、キーボードを打っているのは「noteは最低でも月に4本書く」という自分の決めたルールを守りたい思いからだ。

思えば、締め切りに追われる人生である。

そして私は締め切りが嫌いじゃない。

締め切りがないと生み出せなかったたくさんのものがあると、締め切りに追われたことがある人なら誰でも思い起こせるだろう。

夏休みの宿題を完全に無視してきたことを大人になって自慢する人にたくさん会ってきて、そういう豪胆な人にしか成し遂げられないでかい仕事もきっとあると思える。本当は羨ましい。

でも、夏休みが始まって3日で夏休みの宿題を終えるタイプの人間にしか積み上げられない小さなレンガがある。

7月31日の夜、今私が思っていることは、たくさんのやるべきことの山のたもとの霧のような、ふんわりとした思いだ。

「読み切りが書きたい」

先日Twitterを始めweb漫画界を駆け巡った衝撃が記憶に新しい「ルックバック」(藤本タツキ著)を読んで、細かい感想も大きな感想もあふれんばかりにあるけれどそれはおいておいて、読み切りってすごい、たのしい、という思いで胸がいっぱいになったのだ。

そう思わせてくれる漫画があることがまず幸せだ。藤本先生ありがとうございます。

今書いている「ちはやふる」が十三年の長きにわたる連載で、もう「読みきり」の対局をづんづん突き進んでもう「読み切り」が地平線の向こうに沈んでしまっていたのだけれど、本当は読み切りがとても好きだったということを思い出した。

思い出してから、ああでもそれは、雑誌という柔らかな繭の中でだからこそ可能だった冒険だったのだとハッとする。

新人の頃32pくらいの読み切りをたくさん書かせてもらった。それこそ単行本をまだ一冊も出してない漫画家は、数字で人気が計りづらい。ほぼ唯一と言える指標は雑誌での「読者アンケート」だったから、自分でアンケートを書いて出したことがある。恥ずかしいけど、一枚だけでも自分に票をいれたかった。

それでも読者アンケートは指標のひとつで、漫画家の熱意や編集さんのプッシュやらで雑誌にページをもらう要素は一つではない。アンケート順位も基本的には漫画家には知らされないものだから、ふんわりとした評価のなかで何度も挑戦させてもらった。

連載のチャンスをもらってからも、評価は相変わらずふんわりしていて、唯一具体的なのは単行本の売上だったけど、そこそこ売れていればチャンスをもらい続けることができたし、ファンレターは今の10倍はたくさんもらっていてそのダイレクトな手書きのお手紙に支えられていた。

今は違う。数字が逐一見えすぎる。

繭が、繭がなくて、ふんわりどころか、ネットに作品を投下しようものなら一瞬で評価の波が訪れて、もしくは無風という名の一番辛い風が吹いてきて、ビーチボールの中に剣山を敷き詰めてそこ閉じ込められたような時間が来る。

ああ、わたしがのんきに「読み切りが好き」と言えていたのは、雑誌が守ってくれていたからだ。編集さんが守ってくれていたんだ。

どれだけ経験を積んでも、ダイレクトな言葉にはいつでも傷つくし、思ったように受け止めてもらえなかったら自信をなくす。もっともっとと思う気持ちを雹とか霜とか霰とか「雨だれ」の漢字がすぐ冷やす。この世界でチャレンジすることがどれほどこわいことか、もう誰もが知っている。

でもだからこそ、その中で大きな波紋を呼ぶ作品の勇気を見なければならないのだ。その先生だって怖かったはずだ。それを超える愛情が作品にこもっているのだ。

「読み切りが書きたいな」と思った自分の胸に生まれるふんわりとした空気は、綿菓子のようだ。

みなさんも経験があるかもしれないが、子供が作る綿菓子はほぼ「棒に埃がついてる」的なものになる。ザラメから生まれる糸をふっかふかのをぐるんぐるんに棒に巻きつけて、夏の盛りの入道雲のような綿菓子を作れるのはプロの技だ。

綿菓子を大きくしようと思った時、考えるべきはネットの波ではない。

新人の頃「人気なくてもこれを描けたからいいや」と思って、池に石を投げる気持ちでどんどん描いていたような投げやりな気持ちだ。「人気なくても32ページ分の原稿料はもらえる」という、雑誌の懐事情を考えない悪どい気持ちだ。

あれ、やっぱり雑誌で書くのが良いのかな?こんなにいろんな発表の場があるというのに。

投げやりな気持ちと悪どい気持ちを持ちながら、美味しそうな綿菓子がつくれたら、どんな形でも良いからお見せしたい。

あーそろそろ8月1日になってしまう!!

締め切りって本当に偉大です。


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